前袈裟丸山・・・(1)

 物凄い悪路です・・。
国道122号線を沢入の手前で左折し、林道「小中西山線」に入りました。集落が途絶えた途端に道の舗装が無くなり、バラス道に変わります。

 狭い道幅の路面は落ち葉に埋もれ、時々大きな窪みに出会うのでスピードが上げられません。走っていて余りの道の悪さに、帰りもここを走るのか・・と思うと気が重くなります。カーナビは路肩の空きスペースを見付け何度も「Uターン」を勧めます。

 そもそも我が家から登山口の折場駐車場に行くには、林道を走るにしても手前の小中から右回りに走った方が距離も短く、当然カーナビは推奨コースにします。しかし初めて走る林道なので、用心のため道路情報を調べてみると・・。

 管轄するM市のホームページを見ると9月末日の情報で、小中側の林道は工事で11月末まで通行止めにするので、折場駐車場へは沢入から入るように・・と記載されていました。お蔭で6キロ弱の悪路を30分近く掛けて走る羽目になりました。

 予定より遅れて午前8時過ぎに駐車場に着くと、既に5台の車が停まっていました。ナンバーを見ると2台は地元ですが、3台は驚くような遠隔地です。標高千2百メートルの駐車場からは雲海が見え、見慣れた山々が姿を半分見せていました。

 登り出しは樹林の中の木段の道で、緩やかな傾斜が気持ちを和ませてくれます。木段が終わると斜面全体を露出した木の根が覆い、何処が登山道なのか殆ど分からない道になりました。斜面の左端に黒いパイプが伸びており、それに沿って進みます。

 やがて樹林が開け尾根筋の道に変わりました。尾根の右半分は樹林が覆い、左手はなだらかな斜面が小中川の上流部に向かって下り、対岸はおよそ4キロ離れた袈裟丸連峰に続く斜面です。更に左手に眼を転ずると雲に覆われた赤城山が見えています。

 暫くして前方から降りて来る登山者に出会いました。相当早い時間に登ったようで、挨拶を交わし、林道のどちらから来たかを尋ねると他県の者なので地名を言われても分からないとの事・・。ただ「駐車場に向かって右から来た」と返事が有りました。
        
 尾根道を登り切り再び樹林に入りました。朽ちかけた展望台を過ぎる辺りから道に小さな岩が増え、あちこちに小山のようなケルンが点在する小さな広場が現れました。「賽の河原」で、の名前の通りの荒涼とした景色が出現しました。

 弘法大師の伝説が書かれた看板を読み次へ進みます。道は一旦下った後、小丸山への登りに変わります。樹林の中の道は雨で深く抉れ、小石混じりの道には水が溜まっています。例にもれず両側の草地に踏み跡が出来、広がらぬようロープが張られていました。

 殆ど景色が変わらぬ樹林の斜面を1時間近く登ると、前方の枝の隙間から空が見え始め稜線が近い事が分かります、小丸山(1676メートル)に到着です。出発から2時間半近くが経っていました。殆ど休まなかったので小休止でザックを降ろします。

 小さな岩場の在る山頂からは目の前に広がる袈裟丸連山が、前・後・中・奥と四つのピークを連ねて聳えています。右手奥には日光白根山や男体山も見えるビューポイントです。目的地の前袈裟丸山までは直線距離2キロ弱。まだ遠い・・。

 鞍部までは50メートルほど下り、帰りの登りが心配になります。更に小さなピークを超えると黄色いカマボコ型をした避難小屋が見えて来ました。有り難い施設ですが出来ればご厄介にはなりたくありません・・・。< 続く > konakry





DSCF2459.JPG                    < 小丸山へ続く樹林の路 >

活動再開・・・

 世の中が動き始めました・・。
緊急事態宣言が解除された途端に何故か急に感染者数が減り始め、首都では二桁・全国でも数百人と急速に減少しています。感染者ゼロの地域も多数出現・・。

 一体何が起こっているのか・・? 確かにワクチンの接種率は2回接種者でも7割を超え相当な浸透状況ですが、治験からはワクチンだけで感染者が減少するとは思えません。何か気付かぬ事が起こっているのか? 減る事はとても結構な話ですが・・。

 施設の利用制限が解けて公民館も使えるようになり、いろいろなサークルが活動を始めました。料理のサークルも約半年振りに再開です。但し警戒度は1ランク下がっただけなので、使用する部屋の人数制限から2部制の活動となりました。

 今年度のサークルリーダーはマメな人で、来年3月までの毎月の班分けと当番を表にして、サークル員全員に個別の名前入りで配ってくれました。表によれば今月は「午後の部」で、午後1時からスタートと云う事になります。

 調理室に着くとまだ大分時間が有りますが、皆さん待ち切れないのか殆どが集まっていました。半年ぶりの顔触れは誰もが元気そうで、嬉しそうな表情をしています。マスクの顔にもすっかり慣れ、最近は表情まで分かるようになりました。

 講師のM先生は、ご本人が仰る通り一回り大きくなったように見えました。『美味しいものは身体に悪い』が口癖ですが、美味しいものばかり食べていたようです。サークルのモットーは「野菜中心・薄味で・・」なので、正反対・・。

 黒板に本日のメニューが書いて有りますが、『ビビンバ丼』と『タラの柚子蒸し』でした。本当は「タラ」では無くて「タイ」にしたかったようですが、出来上がりの「色合い」は似たようなもの・・と、予算の関係で変更になった由・・。

 半年振りの開講なのでM先生の長めの挨拶の後、実習が始まりました。午後の部の良い所は、食材の配分や調味液などの作成を午前組がやっておいてくれるので、準備作業が殆ど要らない事です。ホウレン草とモヤシの茹でだけで終わりました。

 牛肉に醤油・砂糖・ゴマ油を混ぜた調味液をよく揉み込み、フライパンで汁気が無くなるまで炒めます。茹でたホウレン草とモヤシは、醤油・酢・ゴマ油を混ぜた調味液で和え適当な大きさにカットします。それぞれをご飯に載せれば出来上がりです。

 「タラの柚子蒸し」の方は、料亭風の高級料理の感じです。皿の上に大きめに切った昆布を敷き、柚子・シイタケ・ネギ・豆腐を載せ、タラの切り身を真ん中に置き、全体に料理酒をまぶしてからラップを緩やかに被せてレンジに入れます。
        
 レンジはスイッチを入れてから3分間の加熱。取り出すと湯気が柚子の香りがしで食欲をそそります。これをポン酢醤油で食べるのですが、残念ながら規制中で、調理室での水分補給以外の飲食は禁止されています。弁当にして持ち帰るしか有りません。

 午前組ならちょうど昼食用に弁当として持ち帰れますが、午後組は半端な時間で、夕食に取っておくのか、「3時のおやつ」で食べるのか、いずれにしても久々に作った料理を持ち帰り用のパックに詰め、皆さん嬉しそうな表情で帰って行きました。

 この後コロナがどのような展開になるかは分かりませんが、ひとまず待ち望んだ日常への第一歩は踏み出したようです。以前のようにサークル員が全員一緒に調理をして出来栄えを肴に楽しく語り合える日は何時来るのでしょうか・・・。                  
                               konakry



DSCF2463.JPG                    < 夕暮れの入江 >

秋の例大祭・・・

 白装束の神官たちが社殿に昇って来ます・・。
全員がマスク着用なのはすっかり見慣れた光景ですが、聞こえて来る雅楽はカセットデッキからのもので、一昨年までは笙・篳篥・龍笛のトリオは生演奏でした・・。

 護国神社の秋の例大祭は規模を縮小し、郡・市の代表は各3名と絞られ、総勢50名ほどの小規模開催です。昨年は神官だけで執り行われ、警戒度の下がった今年は大分人数が増えましたが、嘗ては数百人ずつが2日間掛けて行われていました。

 流石に神様も新型コロナウイルスには勝てないようで、護国神社宮司からの案内状にはコロナ禍での縮小開催の止む無きに至った背景と、参列に際して各自の十分な感染対策を願う旨が、切々と訴える文面の書状で届きました。

 以前は支部の役員十数名と共に参加していましたが、昨年はお声が掛からず、本年度の改選で総代に任命されたため、今回の縮小開催への参列となりました。開始30分前に行くと、参加者は殆ど集まっていました。やはり高齢者組織です。

 護国神社は隣のT市に在り、家からは車で40分ほど掛かります。春季祭の時は要領が分からず、以前の集団参拝のように麓の駐車場から長い参道を歩きましたが、社務所の横まで車を乗り入れて良い事が分かり、随分楽になりました。

 護国神社は明治期の招魂社の流れを組み、1939年(昭和14年)に当時の内務省が定めた「指定護国神社」として各県に置かれました。祭神が違うため靖国神社と本社・支社の関係は無いようで、明治以降の本県の戦没者が祀られています。

 修祓が行われ神殿の扉を開く時に警蹕(けいひつ)の『オー』と言う声を宮司が発しますが、席からは宮司の姿が見えないため、まるでサイレンの音のように聞こえます。場の状況から映画やドラマの「空襲警報」を思い出しました。

 嘗ては呪文のようにしか聞こえなかった祝詞の奏上も、耳が慣れたせいか意味が分かって聞こえるようになりました。要は祀られている御魂を鎮魂するため、県内から集まりこの儀式を行っている・・と云う内容で有る事が分かりました。
        
 続いて禰宜が幣(神様への捧げもの)を献じた後、社殿の中央に御座が敷かれました。舞の奉納です。「浦安の舞」と言われる神楽舞で、舞姫が二人登場です。カセットデッキの演奏に合わせて舞うものの、二人の呼吸は一致し、実に優雅です。

「浦」は心の意味で、文字通り心安らぐ舞です。意外だったのは「浦安の舞」が作られたのは1940年(昭和15年)で、皇紀2千6百年の奉祝会のために作られたとの事・・。大昔から有ったと思っていたらほんの近代の話でした。

 舞が終わると玉串の奉奠です。最初に参列者代表として県の会長が行い、続いて各郡・市代表が三名ずつ行います。最前列の我々が呼ばれ玉串を渡されました。玉串を供えた後は二礼・二拍手・一礼のタイミングに気を遣いながら無事終了。

 最後の宮司の挨拶は、最初は挨拶文を読んでいましたが、途中から急にトーンが変わり、以前に何度か聞いたこの人らしい時の話題を挟んだものに変わりました。文字が小さくて読みずらく止めたのか・・理由は分かりませんが良い挨拶でした。

 例大祭は予定通り1時間で終了。久々のネクタイと小さな床几に座り続けた事で強張った身体を解しながら車に向かいました。神事に参加し、何となく清々しい心持で見上げる空は、もうすっかり秋の気配です・・・。    konakry





DSCF2458.JPG                    < 秋の気配 >

喫茶店のナポリタン・・・

 外食に出掛けなくなりました・・。
慣れと云うのは恐ろしいもので、自粛生活で洗脳されてすっかり外に出るのが面倒になり、特に飲食店等へは行く気がしなくなってしまいました・・。

 その代わり「お家ごはん」に熱心になり、料理教室で習ったレシピを見直すと、美味しそうなものがいろいろ出てきます。たまたま見ていたBSの番組で、「懐かしい昭和の味」として『喫茶店のナポリタン』が出てきました。

 今夜の「お家ご飯」は『喫茶店のナポリタン』を作る事にしました。食材のストックを調べると、「1.6ミリ・7分茹で」のスパゲッティとウインナソーセージ、玉ねぎやピーマンの野菜も揃っています。マッシュルームの水煮も出てきました。

 嘗て昔風の喫茶店が全盛の頃、店内の食べ物メニューとしては「ナポリタン」と「サンドイッチ」が定番でした。日本発祥の「ナポリタン」はケチャップ味で絡められたスパゲッティとウインナソーセージとの組み合わせが絶妙の美味しさでした。

 どの店で頼んでもそれぞれが美味しいのですが、具材の種類や味付けに微妙な差が有り、それを店の特徴として競っていたようです。あちこちの店で数えきれないほど食べましたが、一番印象に残っているのはお茶の水の駅近くに在った『M』でした。

 昔風の「純喫茶」と云うタイプの店で、かなり高齢の女主人が一人で切り盛りしていました。ナポリタンは注文を受けるとその女主人が奥で作っていたようですが、その味が何とも言えない絶妙な美味さで、初めて食べた時から病みつきになりました。

 ある時若い子(中国人?)が雇われ、女主人は新人がミスをすると客の前でも厳しく注意をしていました。それでも辞めずに一年近く経った或る日・・。店に行くと件の女性が一人で居て、今から店を閉めるので帰ってくれ・・と言うのです。

 訊けば女主人が今朝亡くなったらしく、彼女も店に来てそれを知ったようで、とりあえず臨時休業にするとの事でした。どんな『都会のドラマ』が有ったかは分かりませんが、「喫茶店のナポリタン」と聞くと、この事を思い出します・・。

 今夜は三人前なので、鍋に3リットルの水を入れ火を付けます。玉ねぎは中玉を2個、ピーマンはタネを抜いた大きめの物を3個、それぞれをカットします。ウインナソーセージは3センチ位にカットし、バターを入れたフライパンを用意します。

 沸騰した鍋に2束半のスパゲッティを入れ、タイマーを7分にセットします。茹で上がるまでの7分ちょっとが勝負で、最初にスープカップにポットの湯を入れ温めて置き、次にトマトとキュウリをカットし千切ったレタスを敷いた皿に並べます。
        
 料理人の「同時作業」を真似ているのですが、野菜を切り終わって2分弱。フライパンに火を入れると直ぐにバターの香りがして、そこへ具材を入れ炒めます。玉ねぎの色の変化がポイントで、飴色になれば終了です。タイマーも鳴っています。

 茹で上がったスパゲッティをフライパンに入れ、ケチャップと隠し味のウースターソースと具材を良く絡めれば出来上がりですが、更にケチャップを一捻り余分に加えると味がハッキリします。見栄えの良い皿に盛れば出来上がりです。

 スープは手抜きで粉末のポタージュですが、食卓にメインディッシュの「喫茶店のナポリタン」と「ポタージュスープ」、「サラダ」を並べ、ワインを添えると立派なディナーです。妻と孫を呼ぶと歓声が上がりました・・・。 konakry





お家ごはん 喫茶店のナポリタン.JPG                    < お家ごはん 喫茶店のナポリタン >

雨の日の雑感・・・

 ゴルフが中止になりました・・。
朝起きて窓の外を見ると暗い曇り空で、玄関先に出て見ると微かな霧雨が顔に当たります。同窓生で行う筈だったゴルフは、幹事のE君から中止のメールが届きました。

 昨日は県境のスカイラインに微かな雲は見えるものの、素晴らしい晴天の一日でした。天気予報では今日からの雨を報じていましたが、とても信じられない程の急変振りです。所用とかち合った前回に加え、2回連続してゴルフの機会が潰れました・・。

 以前からの妻の要請に応え、昨日は畑の補助作業に出動しました。里芋の収穫と撤去・サツマイモの試し掘り・耕運機による耕し・畝作り・・と、かなりの作業をこなした昨日は、「秋晴れ」の言葉がピッタリの素晴らしい天気でしたが・・。

 天候の急変の理由は本州付近に停滞している前線の影響で、前線の上がり下がりでそこに吹き込む寒気団により発生した雨雲が雨を降らせているようです。何でもない天気の変化が、個人の事情が絡むと余計「激変」に感じられます。

 それでも客観的な見方をすると、気象の変化は「激化」しつつあります。台風は年々強大化し、雨の降り方も「線状降水帯」の出来易い状態を含め「過去最大」と言われる降水量が度々出現するようになりました。突風や竜巻も頻発しています。

 『地球温暖化』が話題となってかなり経ちました。実際、海水温度の上昇による台風の大型化や、海流が変化し漁穫高や獲れる魚の種類の変化、或いは果樹の北限の北上等々、我々の目に見える変化が少しずつ起こり始めています。

 今日は予報通りの過ごし易い気温ですが、数日前までは季節外れの異常とも思える高温で、気象の変化が我々にシグナルを送っているような気がしてなりません・・。 ゴルフも中止となり、新聞を広げてゆっくりと目を通し始めたのですが・・。

 1面から読み始めて何となく違和感を持っていた訳が、暫くして気が付きました。紙面に『コロナ』の文字が見当たらないのです・・! 暫く前まではトップ記事に載り、中央下段には囲み付きで昨日の感染者数が載っていたのですが・・。
        
 「緊急事態宣言」が解除された途端に感染者数が減少を始めました。それも「異常」とも思える減り方です。ピーク時首都の感染者数は5千人を超え、全国では2万人を越えた数値が、解除後の2週間足らずの間に首都では2桁・全国で数百人・・。

 一体何が起こっているのか・・。確かにワクチンの接種状況は一回目が74パーセント・二回目で64パーセント強と、かなりの浸透ですが、ワクチンは感染防止よりも重症化防止とウイルスの排出削減が主な機能だった筈です。

 何故感染者数が減っているのかについては専門家の先生方も首を傾げているようです。減る事は良い事ですが、理由が分からないと本当に減っているのか、何かの影響で減ったものの直ぐにリバウンドが起こるか、先の見えない不安が残ります。

 SF映画の『宇宙大戦争』のように、ウイルスが地球に適合できなくなったのか、或いは「自己免疫疾患」のように、変異を続けているウイルスが変異し過ぎて自分で自分を破壊しているのか・・等といろいろな想像をしてしまいます。

 世の中は一転して「終息ムード」で、飲食店の解禁やら大規模イベントの再開、観光ツアーの募集等々、明るく活気付いた世界に変わりつつあります。喜ばしい反面、臆病な身には「第六波」が気になって仕方ありません・・・。konakry





DSCF2456.JPG                    < 山上の湖 夕景 >

今度はダリア・・・

 県の警戒度がレベル3に下がりました・・。
観光やイベントの情報が急に増え、世の中が動き出した感じです。今度はダリアの開花で、花木の好きな妻が情報を見付けました。

 市の北東部に在る「Fパーク」は赤城山の山麓に19ヘクタールと云う広大な敷地を持ち、シンボルタワーと大温室、様々な花壇とテーマエリアで構成された一年中イベントを行っている花木園で、およそ30年前に開園しました。

 家から車で40分程と近く、以前は良く出掛けましたがここ数年はご無沙汰です。途中に在るこれも暫く振りの蕎麦屋で昼食を摂り、午後一番の入園です。広い駐車場には疎らな車に混じって大型バスが停まっていました。

 入口の来場団体の看板には市内の幼稚園の名前が有り、遠足も復活したようです。ゲートを潜ると何となく違和感があり、その理由はゲート横に新たな建屋の土産物店が建てられた事でした。暫く来訪しなかった事を再認識します。

 花木園は斜面に在るため、見上げる形で最奥部の森までが一望出来ますが、園内の人影は疎らで、あちこちに点在して見えているだけのようです。お目当てのダリアは南西の庭園エリアに咲いているようで、先ずそちらに向かいます。

10月に入ってからは季節に似つかわしくない高温が続き、昨日は夏日でしたが今日は曇り空でも有り大分涼しい感じです。「照らず降らず」の好天の言葉を想い起こさせる理想的な天気です。数分歩くと「庭園エリア」に着きました。

 回遊通路から中に入ると、かなりの背丈の色様々なダリアが咲いていました。ダリアは花の大きさと色合いから分類すると膨大な種類が有るようですが、色の違いは分かるものの後はサッパリ・・。妻だけが嬉しそうな顔をしています。

 一番奥のフェンス際まで見て回り、写真もタップリ撮ったので訪問目的は達成ですが、隣の日本庭園に移ります。中央に池が在り、松で囲まれた庭園の奥には和風の建屋と『甘味処』の気を引かれる看板も見えていますが、閉店している様子・・。
        
 大温室の脇を通り花時計の場所に進むと賑やかな歓声と赤い服の集団が見えました。件の園児たちのようで、最奥の「わんぱく広場」に向かっているようです。花時計の脇には小さなリュックサックと水筒が何十も並んだ微笑ましい光景が広がっていました。

 我々は反対側の南東部に在る「イングリッシュガーデン」に向かいます。ゲートを潜ると急に景色が淋しいものに変わりました。咲いている草花が殆ど無いのと、あまり手入れがされていないようで、雑草もかなり伸びています。

 我々以外に人の姿は見えず、次の「ロックガーデン」に行くと荒廃振りは更に顕著でした。伸び放題の雑草が中央の野外ステージを覆っていました。コロナ過でずっと閉園していた筈で、ここでも事業者の苦労を垣間見た気がしました。

 宣言解除で営業再開したものの園内で見かけた人は二十名足らずで、機関車を模した園内巡回のバスも載っていたのは数名だけ・・。環境としては良いのですが、こんな淋しい状態を見たのは初めてで、嘗ての華やかに賑わった面影は有りません。

 新しく出来た土産物店を物色していると、急に外が賑やかになりました。園児たちが帰るようで、一気に華やかになった雰囲気が心を和ませてくれます。何となく下火の気配のコロナですが、果して賑わいは取り戻せるのか・・・。konakry





DSCF2455.JPG                    < ダリアの群生 >

秋の気配・・・

 雲一つ無い快晴の空ですが少し霞んでいます・・。
夏日に近い季節外れの高温が周囲の山々を霞ませている中を、快適な走行が続きます。久々の高速道路の走行は、気持ちを弾ませてくれます・・。

 自粛による行動規制を守り、たまのゴルフや個人山行程度の外出で過ごす毎日ですが、今朝の新聞折り込みのチラシの中に「Nガーデンズ」の情報を見付けました。庭園は開放空間でも有り、載っている草花の写真に魅かれ出掛ける事にしました。

 草花もさることながら、一番のお目当ては裏面に載っていた園内レストランの食数限定と書かれたランチです。地元の食材を使った5種類の定食が、写真では見るからに美味しそうです。レストランの開店時刻を見越して10時過ぎに出発しました。

 県北西部のN町に在る「Nガーデンズ」は今春リニューアルオープンしたばかり。嘗て地元農協が経営していた薬草園が町に寄贈され、数年を掛けて花木園に生まれ変わりました。家からは車で1時間半弱・・。ちょうどドライブに良い距離です。

 川沿いの国道は景色が良く、信号の少ない快適な道ですが、以前に『超低速運転車』が先頭の渋滞に巻き込まれ、往生した事が有りました。今回はそうした車も無く、快適な走行が続き1時間半弱で到着しました。駐車場は半分ほど埋まっています。
 
 パンフレットを提示すると割引が有り、「お得感」で気分良く入園です。自動検温・消毒の関門を通過し、真っ直ぐレストランに向かいました。妻が入口脇に居た係員に尋ねると「数量限定の定食」はまだ有るとの事・・。取り敢えず目的達成です。

 室内の窓際に大きなカウンターが在り、座るとガラス越しに園内が見渡せる良い感じの席に座りました。注文したのは5種類の定食の内の1番目。運ばれてきたのは地元豚のローストポーク香草付きと地場産野菜料理の盛り合わせ・・。

 目の前に広がる庭園の景色が料理の味を倍加するのか、上等のランチタイムを過ごす事が出来ました。園内散策はローズガーデンから出発です。400種・1000本と云われるローズガーデンは、色とりどりの秋のバラで溢れています。
        
 色合いは別として花弁の形が微妙に違うバラには名札が付けられていますが、植物に疎い身としては見分けが付きません。テーマ別に配置された庭園を時計回りに移動します。どのエリアも実に綺麗に整備されており、さぞ手入れが・・とは下世話な思いです。

 庭園は町内の台地のような場所に在り、周囲の里山が良い借景となっています。直ぐ近くに見慣れた形の山が見えました。戦国時代に城が在った嵩山と云う岩山で、これまで4,5回は登った山が、色合いを変えて聳えていました。

 周回の最後は「リラックスの森」で、大きな木々に囲まれた広場に木製の椅子が置かれ、その椅子に座ると身体がすっぽりと包み込まれた感じで、自然と安らぎます。爽やかな風にそよぐ木々の枝間から木洩れ日が射し、正に名前の通りの場所です。

 3時間近く過ごし、身体のマイナスイオンが一杯になった所で帰路に就きました。来る時に気になっていた作り掛けの高速道路を通る事にしました。将来は山間部を走り隣県に繋がるようですが、現在は一区間だけが開通しています。

 行って見ると料金所は無く、一車線ながら歴とした高速道路です。この道の制限速度は・・と探しても標識が有りません。ほんの5、6分の走行でしたが、景色の良さも含め凄く得をした感じになりました。終わり良ければ・・・。konakry





DSCF2424.JPG                    < ガーデンズから嵩山を望む >

新内閣誕生・コロナは終息?・・・

 緊急事態宣言が解除されました・・。
首都を始め大都市圏から地方に至るまで、全国の感染者数は大幅に減り、ピーク時2万人を越えた数値は千人を大きく下回るようになりました。

 日本中に何の規制も掛かっていないのは約半年振りです。菅政権への「ご祝儀」のように、『曲がりなりにも終息に向け取り組んだ』と云うキャッチフレーズを真に受け、世の中が一気に終息ムードに変わりました。まだウイルスは存在するのに・・。

 ワクチンの接種率はアメリカを抜く勢いですが、これだけで感染者数が減ったとは思えず、人々の自粛による行動抑制も効いているようです。政府の要請に対する真面目な国民性の協力の賜物ですが、いつリバウンドを迎えるか分かりません。

 経済の破綻は国家の崩壊・・は正にその通りで、政府は経済振興策を実証実験と云う形で取り組み始めました。考えて見れば酒類が諸悪の根源では無く、アルコールが入ってハイになった人々が大声で喋ったり歌ったりするからウイルスが拡散する訳です。

 酒類を提供する飲食店を閉じれば、そうした場が無くなり効果が出そうですが、問題は客の方に有る筈です。楽しいかどうかは別として、『3密』がポイントなので、これを回避しながら、マスク飲食・飲酒をすれば良い筈です。

 コロナ発生当初の昨年、パチンコ店がバッシングを受け、現在までの企業倒産の中でもかなりの比率を占めているようです。実際にパチンコ店の客に関するクラスター等の発生事例は見当たらず、何故バッシングの対象になったのかは謎です。

 宣言解除直後のニュースで様々なインタビューが有りました。酒類販売業者や飲食店の人達は嬉しそうな表情で、来店している客も同様でしたが、「店に行きたいが不安も有る」と云う人もかなり多く、なかなか以前と同じには行かないようです。

長期間のコロナ過が人々を洗脳してしまったようで、自粛により強いられた我慢が限界を越えた・・と表現するものの、一気に従前の行動を取る者は少ないようで、「様子を見ながら恐る恐る・・」と云った動きが感じられます。

 そんな中、新政権・岸田内閣が誕生しました。組閣された顔触れは別として、総裁選の始まる直前に誰が総裁になるかを予想しメモに残して置きましたが、得票順位・決戦投票の結果までが、全て予想通りとなり、ちょっとガッカリです。

『変われない日本(自民党)の政治』が続く事は、ある意味では我が国の安定感に繋がりますが、慢心にならぬ程度まで支持率が下がり、総選挙の結果は与党単独で過半数をちょっと下回る程度になる事が、無党派の身としては望ましい形です。

 記者会見では『最重要課題として・・真剣に取り組みます』と表明した課題がいくつもありました。コロナ対策を筆頭に、経済対策・復興問題・拉致問題・核廃絶問題・・いずれも難問ですが、決意が実行される事を期待したいと思います。

 暫く前はオリンピック・パラリンピックが人々の頭からコロナ禍を一時忘れさせてくれましたが、同様に自民党総裁選・新内閣誕生が国中の耳目を集め、更に緊急事態宣言等の解除と感染者数の減少とが相俟ってコロナ禍が少し薄れました。

 コロナ対策で連日テレビ画面に登場していた大臣たちの顔が変わり、分科会会長もどうなるのか・・ある意味異様とも思える感染者数の減少が、コロナの終息を錯覚させます。リバウンドは?第6波は?不安は拭えません・・・。 konakry





DSCF2395.JPG                    < 秋の訪れ うろこ雲 >

再び黒檜山へ・・・

 梢の間から黒檜山が見えています・・。
駒ヶ岳の山頂台地から登山道に降りると、表示板には黒檜山まで1.1キロと記されています。両峰の標高差は150メートル弱で、中間の鞍部まで50メートル下ります。

 ピストンのルートだと「往路の下り」は「復路の登り」であり、下る高度差が心理的なプレッシャーになりますが、今回は周回ルートなのでその心配は無く、寧ろ登りで消耗した体力の回復に「下り」が有った方が楽・・と思っていたのですが・・。

 駒ヶ岳の山頂から10分ほど下ると池塘の在る鞍部に出ました。前方からは2組の登山者がやって来ます。皆さん黒檜山から駒ヶ岳を経由して下るようで、今の時間に黒檜山に向かうのは私だけのようです。道は直ぐに登りに変わりました。

 木段の道は登りには中途半端な段差で、連続して登り続けると息が上がりそうです。木段の両脇に踏み跡が出来ていて、本当は登山道の拡幅に繋がってしまうのですが、木段の土が流れてしまった部分は踏み跡を歩かせて貰いました。

 かなりの勾配の登りが続き、息が上がりかけると立ち止まり後ろを振り返ります。先ほど登った駒ヶ岳が足下になり、その先の雲の上には霞んだ富士山が見え、元気付けてくれます。再び樹林に入りそれが終わるとガレ場に出ました

 岩に囲まれ鳥居が現れ、朽ちかけた柱には微かに赤い部分が残り、元は朱塗りの立派な鳥居であった事を偲ばせます。文字の薄れた額には「黒檜山大神」と記されていました。山頂が近い事を示しており、ノンストップで通過です。

 暫く進むと『大沼 猫岩』の標識が現れ、赤城神社へ下る分岐点です。数分で山頂広場に到着し、ここもノンストップ・・。休憩している人々の間を通過し歩を進める先は、5分ほど北に在る『天空の広場』と呼ばれる場所です。

 名前の通り北西方向に開けたなだらかな斜面からは、夏特有の霞空の中に、上州武尊山を始め谷川連山や上越国境の山々と、子持山から小野子山、榛名連山と馴染の山々が広がります。予想通り広場には20名近い人々が休憩していました。
        
 久々の登山でかなり消耗した体力の回復には、昼食を摂りながらタップリ1時間近い休憩が必要でした。周囲で休憩していた人々は殆ど居なくなり、最後の一組が出発した後、こちらもシンガリで立ち上がります。時刻は午後1時45分を回っていました。

 途中の黒檜山頂には当然ながら誰も居らず、いつも登るマイナーな山の雰囲気が蘇ります。少し下ると「猫岩 大洞」と書かれた分岐の標識が現れました。右折してクマザサに覆われた道に入ります。登山道は直ぐにクマザサからガレ岩に変わりました。

 駒ヶ岳の登山道以上に傾斜がきついガレ岩の道は下りでもスピードを上げられず、登りに比べせいぜい3割ほど早い位です。40分ほど下り、水分補給で小憩します。静かな山中には時々下の湖畔を走る車の音以外は何の物音も聞こえません。

 そこに微かな鈴の音が聞こえて来ました。しかも下から聞こえてきます。暫くすると登ってくる登山者が現れました。かなり難儀をしているような登り方で、見ると若者です。挨拶を交わし,既に2時半を回った時刻に念のため尋ねると、これから登頂の様子です。

 『3時まで登って着かなければ引き返す』との事・・。『気を付けて』と言って別れましたが天気も安定しているので、無事を願うしかありません。暫く下ると前方に「猫岩」の岩塊が現れました。登山口は間もなくです・・・。konakry


DSCF2337.JPG                    < 黒檜山大神の鳥居 >

先ずは駒ヶ岳へ・・・

 2ヵ月振りの登山です・・。
『優良自粛人間』として出歩きを控えていましたが、宣言継続中ながらも感染者数は大幅に減少し、天候も安定して来ました・・。

 ここは「3密」の無い空間なら好しとしよう・・と云う自主判断で、登山を再開する事にしました。足慣らしも殆どしていないので、なるべくマイルドなコース・・と考え選んだのが赤城山・黒檜山と駒ヶ岳を縦走するコースです。

 以前に赤城神社側の登山口から黒檜山に登り、駒ヶ岳を経由して下った事が有りますが、黒檜山の直登は道もガレ岩で悪く、かなりハードだったので、今度は下りに使う「反時計回り」の周回コースを歩く事にしました。

 家から近いのと、全工程を4時間と見積り、休憩を含むいつもの10時~15時の登山計画をネットで送信しました。直ちに『受付完了』の返事が来ますが、これは自動の送・受信で、単なる機械上のやり取りのようです。

 窓口で誰かがチェックしている訳では無く、記載項目に不備が無ければ、自動的に返信が来るようで、万が一遭難事故等が起きた場合に計画書を元に捜索活動が始まるらしく、膨大な数の「電磁登山計画書」は見られる事なく、最後は自動消去です。

 午前10時前。駒ヶ岳登山口の直ぐ前に在る駐車場には10数台の車が停まっていました。登山靴に履き替えGPSの調整をしていると、駐車場に新たな車が入って来て、降りて来た若者二人は直ぐに登山口に入って行きました。

 この駐車場以外にも、黒檜山登山口の在る神社の近くにも駐車場が有るので、相当な数の登山者が山に入っているようです。10時15分登山開始。「駒ヶ岳登山口」の標柱の横から樹林に入ります。最初は歩き易い道がしばらく続きます。

10分も歩かぬ内に、登山道は赤城山特有の火山性のガレ岩の道に変わります。更に途中から木段が現れますが、これがまたなかなかの難物です。以前の下りに使った時には感じなかったのですが、登りに使うと段差がやや大きめ・・。

 同じ段の「二度踏み」は煩わしいので、一段ずつ交互に登ると結構疲れます。かなり消耗して水分補給のため小休止。樹林の隙間から見えるのは南側に在る小地蔵岳の丸い山頂です。GPSを見ると高度は千5百メートルを越えていました。
        
前方に現れたのは『鉄梯子』と呼んでいる金属製の階段です。幅は7~80センチほどで、一人しか通れません。4か所に設けられ百メートル近く高度を稼ぎます。幸いに誰も居らず、それでも他人との対面を気にしながら一気に登りました。

 息が上がり始めた所で前方上空に樹林の隙間が見えました。どうやら稜線に出るようです。登り切って10メートルほど歩くと、開けた台地に出ました。駒ヶ岳の前衛に当たる台地で、眺望が開けた東側には根本山を始めとした県境の山々が見えています。

 「駒ヶ岳まで4百メートル」の標識に励まされ、なだらかな斜面を一気に登ると、岩交じりの山頂が見えて来ました。山頂広場にはベンチが置かれ、何人もの登山者が居ましたが、皆さん早朝から登ったのか、いずれも下って行きました。

 誰も居なくなった山頂で小休止です。眼下には大沼が広がり、対岸の尖った山は春先に登った鈴が岳です。南の雲海の先に見えるのは雲が掛かってはいるものの特徴的な山容・富士山です。久々に山頂の景色を堪能します・・・。< 続く >
konakry
 
                            



DSCF2340.JPG                    < 駒ヶ岳山頂から大沼を望む >

朝のダブルヘッダー・・・

 北の窓からは雲一つ無い晴れ渡った空が見えています。
昨夜の雨はすっかり上がり、台風は太平洋側に抜けたようです。隙間から陽光を覗かせた名残の大きな雲の塊が東の空を覆い、間もなく爽やかな朝が始まります・・。

 午前5時45分。駐車場には既に皆さんが到着し準備を始めていました。Sさんから電話が掛かって来たのは3日前・・。忠霊塔の除草作業をやることになり、折から接近中の台風が心配でしたが、正にジュストタイミングとなりました。

 数十本の木が植えられ、かなりの敷地を持つ忠霊塔の下草に除草剤を散布すれば、枯れた後は市の職員が片付けてくれる事になっていますが、散布作業を当地区と隣のJ地区と両方の役員4名で、2か月に一回程度行っています。

 皆さん専業や兼業の農家で、いろいろな農機具を持っているようですが、除草剤の散布に関してはエンジン付きの自動機を持っていて、何も持っていない私に貸してくれるのは、20リットルの大型タンクを手動で動かすタイプです。

 散布作業は20キロを超えるタンクを背負い、左手で圧縮レバーを上下させつつ右手の散布ノズルを調整しながら下草の中を歩く動作で、敷地の隅から万遍無く散布して行きます。いつものように南東側の一角が担当エリアです。
 
 J地区の会長のWさんは家が近い事もありますが熱心に見回りをしてくれます。時々一人で除草をしてくれているようですが、草の伸びには勝てないようで、2~3か月に一度の頻度で、私かSさんに除草剤散布作業の要請の電話が掛かって来ます。

 雑草は30センチほどの草丈が茶色に枯れながらも根元からは新たな緑が覗き、生命力の強さを誇示するかのように伸び始めています。地中には夥しい数の種子が存在するのをいつかのテレビ番組で見た記憶が蘇りました。

 4人で四隅から行うと作業は捗り、30分ほどで敷地全体の散布が終わりました。作業を終え、満足そうなWさんの顔を見ていると、こちらも嬉しくなります。雲の塊は東の方に去り、眩しい陽光が本日の晴天を約束していました・・。
        
 帰宅すると7時少し前。急いで朝食を摂ります。この後は8時から近所の公園の清掃が有ります。町内の各班の代表者で毎月1回清掃が行われますが、先月が雨で中止となり、引き続き今回もわが家が当番です。本日2回目の作業です・・。

 近所のH公園は町内の一角に在る小さな公園で、ブランコと鉄棒・滑り台が置かれた芝生の公園です。毎朝小学校に通う生徒の「集団登校」の集合場所でもあり、夕方には近所の幼児が母親と遊ぶ姿も見られる、典型的な街の公園です。

 「公園愛護会」の会長のTさんが毎日のように掃除をしており、毎月の一斉清掃も必要が無いほど綺麗ですが、自治会は地域のコミュニケーションと住民の安否確認のために一斉清掃を行っているようです。

 コロナ禍で殆どの地域活動が中止になりましたが、公園の清掃は「3密」が回避されるため継続しています。長いコロナ禍は人々を無口にしてしまい、全員がマスクをしているのに殆ど会話の声が聞こえません。

 芝の間の雑草の除去と小さなごみの掃き集めが主で、30分ほどで清掃は終わりました。朝から奉仕作業の「ダブルヘッダー」でしたが、共に無事お役目終了です。時刻はまだ9時前、秋晴れの一日が始まります・・・。    konakry





DSCF2335.JPG                    < 夜明け >

スマホの功罪・・・(2)

 通信規格5Gはスマホのためだけでは無いようです・・。
4Gに比べ通信速度で20倍・同時接続機器数で10倍・遅延速度は10分の1と云う5Gは、自動運転や医療の分野でも活躍が期待されています。

 問題はそのカバー率ですが、大手キャリア各社は早ければ2024年度中に全国をカバーしようとしているようです。スマホにとっての快適な通信状態が実現する訳です。どうせ機種変更するならこれを先取りしようと思いました。

 本当の所は通信条件よりも、当時盛んにテレビのCMで流れていたカメラの解像度に魅かれてしまったのです。ガラホでも画像が売りの「A」はカメラの解像度が8百万画素で、それまでのガラケーに比べたら格段の鮮明さでしたが・・。

 変更したのはS社の「E」と云う機種で、5Gの恩恵はそれ程感じませんが、望遠・標準・広角の3レンズカメラが凄く、千2百万画素と云うレンズは想像を遥かに超える解像力です。特に動画を撮ると正に「Movie」です。

 通信機器としてのスマホの使い道は年代によって様々です。高年齢になるほど、通信機能の電話・メールが中心で、せいぜいLINEが加わる程度ですが、若年層になるとゲームと共にSNSの媒体としての使われ方が中心になります。

 バーコードやQRコードを読み取り、インターネットを使っての予約や買い物・決済等に抵抗を感じるか否かの境界が、スマホの機器としての位置付けを決めているようです。使い方は学べば年齢に関係なく誰にでも出来る筈です。

 問題は精神的なもので、「対面若しくは電話でのやり取り」から「ネットでのやり取り」に抵抗なく入って行けるか否かが、スマホを使いこなすために高齢者が乗り越えなければならないハードルのようです。

 現在はスマホを持つか持たないかによる『デジタル・デバイド(情報格差)』が発生していますが、いずれは全ての人がスマホを持つようになった時に、使いこなせるか否かによるデジタル・デバイドも起こりそうです。

 全国でワクチン接種が進んでいますが、当初問題になったのは申し込みの方法で、何時間も繋がらない電話を掛ける様子がテレビで映されていましたが、インターネットなら24時間いつでも接続が可能で、タイミングが合えば直ぐに申し込めます。

 これなどはデジタル・デバイドの一例で、スマホでなくてもパソコン等で良いのですが、インターネットの利用の可否が格差を生んでいます。<尤もワクチン接種に関しては、担当大臣が言うように「コンサートチケットのような売り切れは無い」のですが・・>

 総務省が行っている「スーパーシティ特区」に当市も応募していますが、これを受けて市では高齢者向けの「スマホ(使い方)講座」を大規模に実施しようとしています。行政サービスのオンライン化を図るのが狙いです。

 搭載されたAI(人工知能)と膨大なアプリによって何でも出来る『魔法の箱』によって新しい世界を発見した人も居れば、SNSにのめり込み四六時中その応答に捕らわれている内に心を病んで、ついに悲惨な結末を迎える者も・・。

 スマホの持つ様々な功罪が次第に見えて来ますが、我々の生活をどのように変えるのかは使い方次第です。あらゆる可能性を実現できるスマホとどう向き合うのか・・社会のデジタル化は留まる事無く進んで行きます・・・。 konakry





DSCF2198.JPG                    < 立岩 >

スマホの功罪・・・(1)

 スマホ(スマートフォン)の普及が進みます・・。
統計ではスマホの普及率は全世帯の83%強。年代別に見ても100パーセント近い若年層の普及状態が、徐々に高年齢層へも広がっています・・。

 今や70代でも50%を超える普及状態ですが、これは携帯キャリア各社から「通信高速化に伴う3G通信の廃止により、ガラケーが使えなくなる・・」と云うアナウンスが頻繁に流れている事が影響しているものと思われます。

 高齢者層では電話かメールの利用が中心で、せいぜい家族から「無料通話が出来るから・・」と言われてLINEの「友達」に加わる程度の使い道で、従来に比べたら遥かに高額な通信料を支払わされる状態になっています。

 確かに通信の高速化時代を迎え、現行の4G(スマホ)から5Gの広範囲実用化を目指す動きが始まっていますが、同時に3G規格は最短では1年後、遅くとも5年以内には廃止される方向で大手キャリア各社は動いています。

 高齢者がスマホに抵抗感を持つ理由の一つに、「タップ」・「スワイプ」・「ドラッグ」・・等々の『指使い』が有ると思われます。キーを押し込むガラケーの動作に慣れた指先は、液晶画面に触れるだけの動作に違和感を覚える筈です。

 液晶画面の中のキーを、ガラケーと同じタッチで押し込み入力する『簡単スマホ』と云う機種が有り、従来のガラケーと同じ動作でスマホが使えると云うことで、これには高齢者にも好評のようです。普及のためにはいろいろと工夫がなされているようです。

 およそ35年前に誕生した携帯電話は、インターネットの発達と呼応し「フィーチャーフォン」として様々な進化を続け現在に至っています。一方スマホは、元来PDA(携帯用情報端末)に電話機能を付けたものとして出発したようです。

 アプリとOSが一体化した携帯電話に対し、様々なアプリを自由にダウンロードする事や、バージョンアップ出来るスマホは格段に機能性が向上し、その普及も急速で2013年頃から携帯電話を上回り、先の普及状態になりました。

 世の中に様々な企業が有りますが、近年業績不振から海外資本の傘下になったS社は、30年以上前からスマホと同じような機能を持つ商品を開発していました。最初は単なる「電子手帳」でしたが、PDA路線をどんどん進化させました。

 10年間で10世代ほどバージョンアップされ、最終形は4GBのハードディスクが内蔵されていましたが、問題はインターネットが使えるものの電話機能が無かった事で、電話に着目していれば、スマホの勢力図は変わっていた筈です。

 この『Z』と云う製品を最終モデルまで愛用した身としては、携帯電話には興味が無く使用料を考えると電話はガラケー、アプリは『Z』で十分でした。しかしそれぞれが相次いで故障し、機種変更せざるを得ませんでした。

『Z』は1世代前の製品を引っ張り出して使用。ガラケーはスマホに変えるのもしゃくで、カタログを調べ、ガラケータイプで色々なアプリが使える「ガラホ」と呼ばれるS社製の「A」に変えました。使用料はガラケーと殆ど同じ・・。

 かなり重宝出来たのも2年ほどで、携帯キャリアの陰謀と言いたくなる程、次々とアプリが『都合により・・』と断りが付くものの、勝手に廃止され、只のガラケーに変えられてしまいました。悔しいが機種変更に・・・。< 続く >     
                              konakry




DSCF2201.JPG                    < 山は呼ぶ ・ 鹿岳 >

終わってみれば・・・

 久し振りの親子ゴルフ・・。
『明日、ゴルフはどう?』と、息子からの電話が掛かって来たのが昼前・・。今日・明日と休みが取れたのでゴルフに行きたいようです・・。

 ゴルフも次第に間遠になり、最近は同窓のE君が主催するコンペに時々参加するだけで、自分で予約をするのは数年振りです。いくつかのゴルフ予約サイトの会員になっていますが、IDやパスワードはすっかり忘れてしまいました。

 結局電話番号と生年月日で本人認証をして新たなパスワード作りました。今時はゴルフ場も暇なようで、プレーの前日でも、いくらでも予約が可能です。息子の希望は、リモコン操作の電動カートの有るゴルフ場・・。

 二人とも殆どカートに乗らないので、どこのゴルフ場がリモコンカートなのかあまり記憶していません。唯一記憶に有るのは、『家に持って行ってもテレビには使えませんよ・・』と毎回同じ事を言う係員が居るSカントリークラブです。

 Sカントリークラブの予約サイトを見たら9時半近いスタートの空き枠が有り、即予約です。只、天気予報では午後の早い段階から雨が降りそう・・。そのため空いていたのかも知れませんが、降ったら止めるということで話は成立です。

 翌日。怪しい空模様ですがゴルフ場に到着し、プレーをすることになりました。どうやら我々が最終組のようで、マスター室の前には、我々のカートと直ぐ前の組のカートが有るだけです。練習グリーンでパット練習をしてスタートを待ちます。

 前の組がグリーンに上がるのが見え、こちらもスタートです。第一打は思いの外良いショットで、まずまずの出来・・と内心満足ですが、数年振りに見た息子のショットは以前よりも飛距離が増していて、50ヤード近く差を付けられてしまいました。

 1番ホールはやや短か目のミドルホールで、2オン・3オンの差が付いたものの、共にパットが入らずボギーの引き分け。2番はいつも苦戦するショートホールが共1オン・2パットのパー・・と、まずまずの滑り出しです。
        
息子曰く『いつもやらない人と回ると良い内容になる・・』は、正にその通りで、ゴルフが新鮮に思えるからかも知れません。何度も回っているコースですが、今までに無い良い内容で推移し、前半は共にハイスコアで終了しました。

 昼食を終え後半に入ると空模様が怪しくなりましたが、何とか持ちこたえている感じです。息子との勝負はハンディを貰ってやっていますが、今回はハンデイ無しでこちらがレギュラーティー、息子がバックティーと距離の差を付ける事にしました。

 これが程良いハンディのようで一進一退で進み、後半もハイスコアの期待が高まります。所が中盤を過ぎると今までポツポツだった雨が、堰を切ったように一気に本降りに変わりました。雨でグリップが滑りハイスコアを逃した大昔のトラウマが蘇ります。

 厭だと思った瞬間に身体が反応し、タオルで拭こうがしっかり握ろうが、右手は勝手に滑り、スイングもぎこちなくなり、ミスショットがOBまで誘発してしまいます。上がりの3ホールでのミスショット・ペナルティの合計は10打・・。

 久々のハイスコアの筈が、終わってみればいつもの凡スコア・・。物事は思い通りには行かないようですが、久々に親子のコミュニケーションが取れた楽しいゴルフでした。帰り道の高速は本降りで、明日も雨のようです・・・。 konakry





DSCF2246.JPG                    < 雨模様のSカントリークラブ >

朝からグルメ・・・

 『カツサンド』・・。
トンカツ(ロースではなく、ヒレ肉のカツ)にソースを塗り、食パンで挟んだサンドイッチで、「M」社のものが有名です・・。

 M社は当県には店舗が無く、最も近いのが隣県に在る高速道路のサービスエリアなので、有名なカツサンドは稀にしか手に入りません。所が最近コンビニの「L」で販売を始めた事を知り、買ってみたのですが、何かちょっと違う感じが・・。

 元来「カツもの」が好きで、カツサンドもそうですが、一時カツ丼に凝ってあちこち食べ歩きをした事があります。結局何十軒と云う店を回りましたが、点数で言えば、せいぜい90点止まりで、なかなか理想のものには出会えませんでした。

 「カツもの」は「カツ」が決め手で、トンカツの場合は豚肉の肉質とパン粉を中心とした「ころも」と、後は揚げ方です。一般的には油温170~180度で揚げるようですが、低温で長時間揚げる店も体験した事があります。

 カツサンドはヒレ肉で、カツ丼はロースとヒレの両方ありますが、ロースの方が旨味を感じます。要はトンカツそのものの味が重要なのですが、その意味ではこれまで経験した中で一番のトンカツは『Tミート』のものと思っています。

 『Tミート』は、いわゆる「街の肉屋」で、精肉の販売を中心に、惣菜としてトンカツやコロッケ等の揚げ物を販売しています。揚げものは受注生産で、注文を受けその都度揚げますが、店先で注文するか電話で予約する事も出来ます。

 この店のトンカツは、揚げたてが美味いのは当然ですが、時間が経っても味が変わらない点が凄く、毎回余分に買って、翌朝にカツ丼にして食べていますが、その時にもカツの味は全く変わらず、前夜の美味さが味わえます・・。

 今回は朝のかつ丼を止めて、カツサンドを作る事にしました。ヒレカツは前夜のものを何の調理もせずそのままパンに挿むので、カツの味の変化が直ぐに分かります。用意した食パンはいつものY社の「六枚切り」を使います。
        
ヒレカツの大きさは、厚さ2.5センチ・幅8センチ・長さ15センチで、ちょうど食パンの中にスッポリ入る大きさです。ヒレカツを挿んだ後、食パンを縦方向に切る事にしました。ヒレカツにソースを掛け、食パンに挿み包丁で一気に切ります。

 市販のカツサンドは、食パンの耳を落としてありますが、Y社の食パンは耳が柔らかく、香ばしい味は切り離すには勿体ないのでそのまま残します。縦切りにすると市販品の約2倍の長さですが、ボリューム感を味わうため、それ以上切りません。

 切り口を見ると薄いピンク色の肉の周囲をソースが浸み込んだコロモが取り囲み、食パンの中に楕円形を作って存在感を示しています。端から数センチを口に入れ噛むと、柔らかな食パンに続いてソースの浸みたコロモとヒレカツが歯に当たります。

 ソースが滲みているため、多少は柔らかく感じるものの、いつものサクサク感は失われておらず、何よりも肉の食感が全く損なわれていません。普通は一晩置いたカツは何となくパサパサした感じや、「肉の臭み」のようなものが出るのですが・・。

 流石に以前からそのクオリティを評価している『Tミート』のヒレカツで、これまでのカツ丼同様、カツサンドにしても十分満足できる品質を証明してくれました。ボリューミーなカツサンドを頬張りながらの至福の朝食です・・・。     
                                konakry



DSCF2219.JPG                    < ヒレカツサンド >





 

晴れたら畑仕事・・・

 やっと雨が上がりました・・。
梅雨を思わせる長雨は、居座った秋雨前線の仕業。昨日久々の夏日でしたが、明日はまた雨が降りそうで、ついに妻から出動要請が出ました・・。

 借りている畑の夏物野菜の栽培が終了し、棚等を撤去した後を耕運機で耕して欲しい・・と云うのが要請内容です。家庭菜園は妻の趣味で、殆ど妻が一人でやっていますが、耕運機の操作や工作物の作製等、時々協力要請が来ます。

 今回は大分前に妻の作業は終わっていましたが、雨が続き畑の土が湿り過ぎているため、乾燥するタイミングを見ていたようでした。昨日から続く晴天と、明日の雨を見越し、急遽本日耕運機を掛ける事になりました。

 午後2時。晴れ渡った空には既に秋の気配の雲が見え、天気予報では31度の真夏日の気温ですが、南寄りの微風で暑さよりもむしろ爽やかさを感じます。自粛生活で久々の外出でもあり、外の景色が新鮮です。

 畑に着くとしばらく前とは景色が一変していました。これまで十数種類の野菜と、いくつもの棚で埋め尽くされていた畑が、周囲に在るネギとサツマイモ、里芋を残してすっきりとした空き地に変わっていました。

 この空き地を耕運機で耕し、新たにブロッコリーと茎ブロッコリー、白菜・カリフラワーを植えるようです。早速耕運機を取りに用具小屋へと向かいます。小屋には鍬・鋤・ホー等の農具や一輪車・耕運機が置かれ、自由に使う事が出来ます。

 耕運機はK社製で、ボデイカラーが赤と青の二種類が有ります。手前の赤を外に出しエンジンを掛けます。以前はチョークを引き始動ワイヤーを5,6回引かないとエンジンが掛からなかったのですが、今回は何と一発始動・・!

 ギアを「走行」に入れ、数十メートル離れた畑に向かいます。ちょうど妻が苦土石灰を撒き終ったようで、白い粒が一面に広がった畑に耕運機を入れます。クラッチを握りながらギアを「作業・正転」に入れ、アクセル・レバーを引きます。
        
クラッチ・レバーを離すとギアが繋がり、カッターが土をかき回している振動が手に伝わって来ます。ハンドルを下に押し付けながら耕運機のスピードに任せ、畑の反対側へと進みます。真っ直ぐに進むコントロールが必要です。

 方向転換にはちょっとしたコツが必要で、端まで進んだら耕運機のタイヤを支点に、人間が180度回り向きを変えます。この時に重い耕運機を回すには、カッターが地面に着かないように持ち上げ、前輪を少しずつ回しながら方向転換します。

 10往復近く耕し全体の耕作が終わり、反対方向からもう一度耕し作業終了です。白っぽかった畑は美しい黒土に変わりました。いつものように出来栄えを写真に撮ります。次の作業は耕した畑の端に幅60センチの畝を二つ作る事です。

 妻が計測し、細紐を張った区画の中央に鍬の幅で10センチほどの深さの溝を切ります。その中に堆肥と化成肥料を入れた後、土を被せます。次に幅全体が20センチほどかさ上げされるように、両側から土を盛り、畝にします。

 畝全体を鍬の側面で均してから塩ビ管で水平を出して作業が終了です。流石に真夏日の2時間近い作業は全身から汗を噴き出させ、サウナの中に居たような感じです。それでも久々の屋外作業は達成感と満足感を与えてくれました・・・。    
                              konakry




DSCF2245.JPG                    < 耕運機で耕された畑 >

どうなる日本・・・(2)

 「緊急事態宣言」の延長・・。
政府は今月12日までの予定だった「緊急事態宣言」を、宮城・岡山を除く19都道府県について、今月末まで延長する事を発表しました・・。

 首都の感染者数は連日「前週の同一曜日」を下回る減少を続け、全国の感染者数も一時2万人を越える日も有りましたが、1万人を切る漸減傾向が見られ、感染拡大はピークアウトしたのか・・とも思えますが、あくまでも感染者数の話・・。

 感染者の内訳を見ると、嘗ての中心だった高齢者はワクチン接種の効果で減少し、50代以下の中年・若年層へと中心が移り、更には10歳未満の感染者も現れ始めました。ウイルスの変異株の出現により感染力が強まったためと言われています。

 感染拡大が始まってから1年半以上が経過し、感染者数の推移を見ると、初めての緊急事態宣言の頃は全国合計でも最大7百人程度だったものが、直近の第五波のピーク時には2万5千人を越える増加振り・・。それにも慣れてしまいましたが・・。

 人間の環境適応能力は大変なもので、どんどん増加する感染者数に怯えながらも慣れてしまい、何も感じなくなります。ウイルスの方は次々に変異を続け、インド由来と云われるデルタ株が現在の主流ですが、新たに『カッパ』や『イータ』も出現・・。

 人の細胞に入り込まなければ生きて行けないウイルスは必死の努力(?)で次々に変異を遂げ、我々に襲い掛かっているようです。医療の面からは、感染者数もさることながら、重症者の数や入院加療の必要な中等症の数も重要な要件です。

 人口あたりの病院(病床)の数では世界のトップクラスと云われている我が国で、現在深刻なのは『医療逼迫』ですが、調べて見ると全国の病院の8割は中小の民間病院で、その内コロナ患者の受け入れが出来るのは25パーセント程度との事・・。

 更には医師一人が受け持つ病床数はおよそ5床で、これは欧米の3~5倍。重症者に対する「エクモ」の操作が出来る医療スタッフの数を考えると、今のような感染増加状況では、たちまち逼迫してしまうのは明白です。
        
感染者数が減って来たとは云え、現時点で病床使用率は60パーセントを越えており、これを見れば感染しても治療が受けられなくなる危険性が十分理解できます。流石に『コロナはただの風邪』と言う人は減りましたが、とにかく感染しない事・・。

 こんな中で政権与党の総裁選が始まろうとしています。現職辞退で俄然熱気を帯びてきた選挙には、候補者が次々に名乗りを上げ、最終形は分かりませんが、与党が言う「フルスペックの総裁選」が始まるようです。

 次期総裁選に立候補を表明し、或いは出るであろうと言われている人々は、58歳から64歳までと若返り、女性候補者も含め様々な期待感の受け皿にはなりそうですが、果たして誰を選ぶかが、政権与党の在り方として注目を集めています。

 対抗する野党は一部政党を除き連合を組み、今度は「政策」を掲げて望むようです。ようやく『批判・追及・弁解』の国会から、本来の政策論争の国会に変わるか・・と無党派層としては微かな期待感を持っているのですが、果たしてどうなるか・・。

 宣言の期間延長と同時に、シミュレーションと言いながらも国民におもねる様な制限緩和が打ち出されています。万能では無いワクチンだけではリバウンドが心配です。ますます『自主判断・自己責任』の世界へと向かうよです・・・。                             
                              konakry




DSCF2195.JPG                    < 果たして登れるのか・・? >

久し振りのウォーキング・・・

 今にも降り出しそうな空模様・・。
用心のため、折りたたみの傘を持ち、尚且つ雨が降り出したら直ぐに戻れるように、家を中心に半径3百メートルほどの場所を歩きます・・。

 緊急事態宣言下、不要不急の外出をせず、何日間家で自粛生活が出来るかを試してみました。必要な所用と買い物を終えたのが6日前・・。家から一歩も外に出ない生活が始まりました。厳密には、朝起きて新聞を取るために外に出るのですが・・。

 ボランティア活動は全て休止中で、会議その他の活動も無く、出掛ける用事は全く有りません。屋内で一日過ごすネタはいろいろ有り、特に問題は無かったのですが、昨日辺りから運動不足で身体が重く感じられるのが気になり出しました。

 今までは10日に一度位は山に行き、或いはゴルフに行く等、それなりに身体を動かしていましたが、自粛生活で外に出ないと流石に運動量は大幅ダウンです。やむを得ず、山のオフシーズンに行っているウォーキングに出掛ける事にしました。

 夕刻5時過ぎ、出発します。ずっと降り続いた雨もようやく上がる気配で、雲行きは怪しいものの、数時間は持ちそうです。取り敢えず裏の川を渡り対岸の土手上の住宅地に向かいました。坂道を登り、住宅地北端の市道を目指します。

 家からあまり離れず歩行距離を稼ぐには、路地を含めた道路を全て歩く事で、狭いエリアでもかなりの距離を歩く事が出来ます。ルートは出来る限り「一筆書き」の要領で、重複を極力抑える事・・。歩きながらコースを考えます。

 住宅地には殆ど変化が有りませんが、良く見ると庭木が異常に繁茂し、「空き家」ではないか・・と思われる家が2軒有りました。一軒は「木が伸び放題」の感じで、もう一軒は「伸び放題」が玄関を覆い隠し、道路にまではみ出しています。

 両方とも家の輪郭が辛うじて見えるだけで、人の気配は感じられず完全に空き家で、間もなく「廃屋」の仲間入りをしそうです。異常なほどの庭木の繁茂だけで、テレビに出て来るような「ゴミ屋敷」では無い事が救いですが・・。
        
「高齢化」・「核家族」・「独居老人」と云った世間の話題が、直ぐ近くでも発生している事を目の当たりにすると、単なる話題では無い事を実感させられてしまいます。一旦大通りに出ると、半年前に廃業したドラッグストアで何やら工事が始まっていました。

 建築許可書の表示からコンビニの「L」が出来る事が分かりました。僅か数百メートル先にはコンビニの「S」が有り、ユーザーには便利ですが、これも競争世界の成せる技か・・と余計な心配をしてしまいます。

 大通りを進むと、いつも早い時間から開けているスナックが閉まっていました。張り紙を見ると宣言中は要請を守って店を閉めているようです。個人事業主としての補償金でどうなのだろう・・と下世話な詮索をしてしまいます。

 次の住宅地に入り、中の道を歩きます。ここでも鬱蒼とした、まるで森のような庭木の家が有りました。玄関に表札は掛かっていますが、どう見ても空き家です。更に進むと、暫く前に暖簾が無くなっていた蕎麦屋が、今度は完全に廃業していました。

 暫く振りに近所を歩いたのですが、高齢化や過疎化、コロナ禍に苦しむ事業者等々、世の中の話題が現実に起こっている事を実感させられました。時計を見ると間もなく1時間が経過します。どうにか雨には降られずに済みました・・・。
                               konakry    




DSCF2242.JPG                    < 今にも降り出しそうな空模様・・ >

どうなる日本・・・

 突然の不出馬宣言・・。
『コロナ対策に専任(専念?)するため、総裁選には出馬しない・・』と発言し、僅か2分ほどで記者団の質問の声を振り切り、会見は終了しました。

 総裁の任期が残り一ヶ月余りとなる頃から、次期総裁選への出馬の意向を尋ねられると、『時期が来たら出馬する』と答えていた首相に、対抗馬として前・現役員らが次々に声を上げ、永年のライバルも『今は白紙・・』と言いながら出る気は充分・・。

 政権与党内ではコロナ対策の政策そっちのけで、次期総裁を巡る政局がいよいよ始まった・・と世間は見ていましたが、首相は真っ先に政策を発表した候補者の『党役員の任期問題』に反応し、幹事長を交代させ党役員の入れ替えにと動いたようです。

 しかしながら役員のなり手が無く、更に総裁選の前に解散をすると云う話が某新聞にスッパ抜かれ、党内の大反発を生んでしまったようです。こうして打つ手が無くなり、更には四面楚歌を作り出し、撤退の道しか残らなかったようですが・・。

 僅か一晩での急展開は、一体何が有ったのか・・。映画やテレビドラマでは、ここに種々のキーマンが現れ、様々なやり取りが克明に描かれるのですが、現実はそうは行きません。元総理経験者や派閥の領袖、現役大臣等々が出てくる筈なのですが・・。

 「現役が辞退」のニュースは海外にも大きな反響を呼んでいるようで、次は誰がなるのかと云う事と、我が国との関係がどうなるのかと云う事が最大の関心事のようです。面白いのは海を隔てた大国の反応で『他国の内政問題にはコメントしない・・』と無視気味・・。

 また『現在両国の関係は最悪』と云われている隣国は、保守タカ派と目された前政権を引き継いだ現総理が、誰に代わるか‥と云う事に最大の関心を持っているようです。国内だけでなく国際的にも注目を浴びた事実上の『首相辞任会見』でした。

 ニュース等で見る世間の反応も様々ですが、総じて批判的なのは、コロナ対策の具体的進展がないためと思われます。緊急事態宣言は出すものの、殆ど効果が見えず、「途中で投げ出した・・」と云う印象が強かったと思われます。
        
個人的には、就任時の印象で人柄の素朴さが感じられ、前任者よりは良いのでは・・と思ったのですが、次第に頑迷さが目立ち始め、『俯瞰的・総合的見地』や『安心・安全』等のワンフレーズを繰り返し、絶対に自説を曲げない事が分かりました。

 特に致命的と感じたのは発信力の弱さです。緊急事態宣言の発出を始め、国民に直接訴える様々な場面での「しゃべりの拙さ」は、聞いている者の心に全く響かず、最初に思った『前任者の任期を消化する繋ぎの人』と云う印象を確認させるものでした。

 次期総裁選に立候補を表明し、或いは出るであろうと言われている人々は、59歳から67歳と若返り、女性候補者も含め様々な期待感の受け皿にはなりそうですが、果たして誰を選ぶかが、政権与党の在り方として注目を集めています。

 最大野党の党首は「総裁選は『準決勝』で、我々は『決勝』で堂々と戦う」と、やる気の十分さを表明しています。「国会を開け」一点張りの野党連合は、果たして国民の期待に添える政策を用意して望めるのか・・無党派層の最大の関心事です。

 オリンピック同様、我々の目を暫しコロナから逸らしてくれたパラリンピックが本日閉幕します。感染者数は漸減しつつあるものの高止まり気味のコロナと、正面から向き合わねばならない日々が始まります。果たして救世主は現れるのでしょうか・・・。                konakry                   
        




DSCF2204.JPG                    < 秋の気配・・・? >

只今自粛中・・・(2)

 9月になりました・・。
雨模様の朝は一気に秋の気配となり、止まらぬ時間を気付かせてくれます。 世の中は依然として緊急事態宣言発令中。相変わらず自粛生活が続きます・・。

自粛中、家の中で出来る楽しみ事の一つは絵を描く事です。どんな絵が描きたいか・・。描きたいものは風景画で、山行を始めいろいろな屋外活動で撮った写真を元に、出来るだけ写真に近い絵にします。「これは絵・・?」と思われるような・・。

 [ 例 1 ]
        
   雨の館山湾.jpg                               < 雨のT湾 : 写真 >
   
   雨の舘山湾.gif                               < 雨のT湾 : 絵 >



[ 例 2 ]

  
   DSCF1791.JPG                    < トウゴクミツバツツジのある風景 : 写真 >

  
    トウゴクミツバツツジの風景.JPG                    < トウゴクミツバツツジのある風景 : 絵 >



 [ 例 1] では、雨の景色で青と灰色の2色をベースに、濃淡だけで表現が可能でした。雨で霞む雰囲気を出したかったのですが、手前の砂州を始め全体的にクリア過ぎ、「雨の・・」よりも「雨上がりの・・」になってしまいました・・。

 [ 例 2] では、左手前に咲いているトウゴクミツバツツジがポイントで、橙の濃淡で表現。背景の山は霞み具合を青のバリエーションで表現しました。手前の尾根の新緑も緑の濃淡が、まずまずの感じと思いますが・・・。    konakry