期間延長の後は・・・

 予想通りの期間延長・・。
「緊急事態宣言」が部分的に先行解除され、残った1都3県の解除については、予想通り2週間の延長が発表されました・・。

 夜になっての首相の記者会見は、内容が分かっているだけに、殆ど新鮮味は感じられず、寧ろ接待による公務員倫理規程違反により辞職した女性広報官の後任の広報官の司会振りが、世の興味を呼んだ感じです。

 首都圏の感染者数は減って来たものの減少カーブは鈍化し、新たな変異種の増加や病床の窮乏に加え、ワクチン接種が始まる事による、医療体制の逼迫が大きな問題として、宣言解除を躊躇わせています。

 首相と首都圏知事たちの「綱引き」という政局で、期限の一週間ほど前から感染者減少の鈍化に対する都知事の「引き締めのお願い」が始まり、それが期限の延長要請を思わせ、官邸側も気にしていたようです。

 結局ぶら下がり会見で「専門家の意見を得て2週間ほど延長を考えている・・」と首相が語り、事実上の「期間延長宣言」をして、都知事たちに主導権を握らせずに済んだ・・と云うのが実際のようです・・。

 主導権争いはとも角、1都3県の期間延長を捉えて世の中がどう反応するかが一番の問題です。時短営業を要請されていた飲食業を中心とした様々な事業者は失望・諦め・憤り等々の反応で、一般の人も賛否両論・・。

 冷静に考えれば、我国の「COVID19」情勢は、PCR検査で発見された感染者数が少し減っただけで、一年前と殆ど何も変わっていません。確かにワクチンの接種が始まりましたが、『感染防止』に関しては未知数です。

 『罹った場合の重症化を防ぐ』・『感染させない』に関しては有効とされているワクチンですが、当初の懸念通り、「ワクチン争奪戦」や「ワクチン外交」による覇権的動きが見え始めています。

 様々な不満や戸惑いを感じながらも、諸外国の様に暴動が起きないのは、我国の国民性の良さ・・と云ってしまえばそれまでで、倒産・廃業・失業者数を見れば経済的打撃の深刻さが明白です。

 コロナを無くせないまでも、通常の社会生活が営めるレベルにまで感染を抑え込めれば、世の中は復活します。そこまで感染防止の基本事項を順守して、自粛生活を続ける事に耐えられるかどうかの我慢比べです。

 結局、昨年からの一年間はその我慢が中途半端で、結果的に第三波までの拡大を招いてしまいました。極論を言えば、最初の宣言時に自粛の徹底と補償の下での営業休止を行っていたら終息に持ち込めたかも知れません。

 とは云うものの、強権を行使して国民を規制するような国々と違い、自由な我が国では国民の良識に依存するしかありません。四六時中マスクをして飲食の「瞬間」だけマスクの片側を外す・・まるでSFの世界です・・。

 識者が心配するように、2週間の延長期間が終わる頃、世の中は年度末の様々な催しと花見の季節・・暖かな気候も後押しをする様々な誘惑の中を、人々は何処まで我慢の生活を送る事が出来るでしょうか・・・。       konakry





DSCF1079.JPG                    < パンデミックの予感・・・? >

年金ロード・・・

 「鹿田山」・・。
三つの小ピーク(弥右衛門山・御嶽山・雷電山)の総称で、国土地理院地図では
雷電山が鹿田山と記されています・・。

 本来は地域の農業灌漑事業でため池を作るため、3キロほど北に在る貯水池からパイプラインによる配水を行った後、更にNPOの環境保全ネットワークがボランティアで整備を行って、公園化したもののようです。

 地方紙の記事では四季を通じて花が見られる・・と有りましたが、今は菜の花にも早く、ちょうど何もない時期です。ただ、ウッドチップが敷き詰められた歩き易い道が3キロ近く有るとの事で、出掛けて見る事にしました。

 二つ隣の市に在り、家からは車で1時間足らずで行けます。国道から県道に折れ、田舎道を数キロ進むと、見覚えの有る景色が展開し始めました。20年ほど前、K市で勤務していた頃、時たま車で通った道です。

 公園になったのは10年ほど前で、赴任していた当時は「鹿田」と云う変わった地名と、一帯が丘陵地である事位しか印象に残っていない場所でした。暫くこの辺りには来ていないので、走っている内に懐かしい気分になりました。

 駐車場に入るとかなりの台数が停まっています。空きスペースは有りますが、駐車スペースでは無い場所にもかなりの台数が停まっていて、早い時間帯は満車だった事が想像できます。それ程の人気なのか・・。

 駐車場脇に大きな地図があり、公園全体の様子が分かります。貯水の清水新沼を中心に、三つの山を巡る道が有り、周回でもそれぞれ個別にも行けるようになっています。折角なので周回して全部回る事にしました。

 先ずは東側に在る「展望の丘」を目指します。菜の花畑の横を緩やかに登る道を歩きながら、左手に広がる赤城山を見ると、いつもとは90度近く違った方角から見えるため、各峰々が重ならず、裾野もより長く見えています。

 丘の上からは一番端の弥右衛門山に向かう登山道に変わります。木立に囲まれたやや広めの道は、緩やかな傾斜と共に、ウッドチップの柔らかさが足に心地よく、おまけに山の雰囲気も十分で妻は大喜びです。

 左手の木々の間からはK市の街並みが箱庭のように見えています。2百メートルほど進むと標柱が見え、山頂に着いたようでした。ベンチが有りマスクをした女性が座っていました。通り過ぎる時に挨拶を交わしました。

 別れ際、女性が『ここは年金の道と云うんですよ・・』と言いました。山に来ているのは「年金生活者」ばかり・・と言う意味のようで、訳が分かり三人で大笑いです。早い時間から駐車場が埋まるのは高齢者だから・・?

 言われてみると駐車場に降りた時から山頂まで、出会った人は全て高齢者ばかりでした。正に『年金ロード』です・・。次の御嶽山まではまた2百メートルほどで、短いアプローチは楽で快適な歩行です。

 道から少し離れ、しかも眺望の効くベンチで昼食を摂りながら、改めて「鹿田フットパス」は、ウオーキングには最適な場所である事が分かりました。すっかり気に入った妻からは『次は花の時に・・』と宿題が出ました・・・。konakry





DSCF1122.JPG                    < 清水新沼からの赤城山 >

お家イタリアン・・・

 久し振りの「お家ごはん」・・。
今回はイタリアンで「スパゲッティ・ミートソース」に追加一品、「エビの塩蒸し」を作る事にしました・・。

 「エビの塩蒸し」は偶然テレビ番組で知った料理で、簡単な調理で海老の「プリプリ感」を最大限に引き出す料理です。昨夜の天麩羅の時に余った海老が8尾有ったので、それを使う事にしました。

 スパゲッティは直ぐに出来るので、先ず海老の下ごしらえをする事にしました。海老は頭を取って有るので、胴体を背開きにします。挟みを胴体の前から入れ、背中を尻尾まで切り開いて行きます。

 包丁を使って開くよりもはさみの方が簡単で安全です。開いた海老はボウルに入れた塩水に浸し、小さなワタを洗います。塩水の濃度は3パーセントで、これは海水と同じ塩分濃度のようです。これで臭みも取れます。

 洗った海老はキッチンペーパーで水気を取ります。次にスパゲッティの準備ですが、スパゲッティはH社製の1.6ミリのものを160グラム用意しました。色々な種類が有るようですが、1.6ミリが食べ易いようです。

 包装には「7分」と茹で時間が記載されていますが、30秒ほど余分に茹でるとちょうど良い固さに仕上がります。調理は2品ですが、問題は如何に手際よくそれぞれを仕上げ、完成したものを一度に出すか・・です。

 プロの料理人、特にメニューが何十種類もある「街の食堂」の料理人の手際の良さには感心させられます。様々な料理を同時進行で作り、出す時にはそのグループの客に出来たてのものを一緒に出す・・。

 スパゲッティを茹で始め2分経った所でフライパンに火を点けました。強火がポイントで、直ぐに煙が上がり始めますが、その間に海老に軽く塩を振ります。フライパンにオリーブ油を入れると良い香りが立ちます。

 強火のまま、海老の殻を下にしてフライパンに並べます。たちまち殻の色の赤さが増し、海老の香りが広がります。この状態で大匙2杯分の水を加え、フライパンに蓋をして10秒蒸せば出来上がり・・。

 テレビではこの通りでしたが、半信半疑で15秒まで待ち、蓋を開けると・・何とも香しい美味そうな匂いが広がりました。火を止めて蓋をしてスパゲッティに戻ります。残り時間は2分強で、小鍋を用意します。

 ミートソースは同じくH社製の缶詰を使用。小鍋に入れ弱火で温めます。タイマーが鳴り7分を知らせた所でスパゲッティを一本試食。一寸硬めで、更に30秒追加で火を止めました。ザルで湯切りをして待機です。

 ガラス皿に盛られた海老は艶やかな感じで光っています。缶詰のミートソースは掛けるだけで簡単ですが、器に盛られた見た目は立派な出来上がり・・。キャンティーのワインを添えて妻に声を掛けました。

 「海老の塩蒸し」は予想を大きく上回る美味さで、テレビ番組が納得です。スパゲッティの方は「出来合い感」が強いものの、それなりの美味さでした。妻からは茹で加減のちょうど良さを褒められ、ワインが進みます・・・。 konakry





DSCF1080.JPG                    < お家ごはん・海老の塩蒸し >

達成感・・・

 『達成感』・・。
辞書を調べると「達成感とは物事をやり遂げたときに得られる満足感・高揚感・幸福感・喜びなどの総称」と載っています。

 コロナ過が一年以上続き、ボランティアを中心とした対外活動が全て休止となった今、「自粛生活」がすっかり身に滲みついてしまった毎日です。そんな中からどうやって「達成感」が得られる事を見付け出すか・・?

 山に行ける内はピーク・ハンティングの達成感を味わえましたが、降雪と共に車も壊れ、登山が出来なくなってしまいました。ゴルフは右手首に原因不明の痛みが発生し、1月に2回やっただけで休止中・・。

 残された屋外活動はウオーキングです。嘗ては早朝(早暁)に行っていましたが、日中の長距離歩行に変わり、更には古墳の昇降へと変化・・。最近は夕刻にと、時間帯と内容を変化させ続けていますが・・。

 古墳の昇降は15メートルほどの標高差が有るため、登山のためのトレーニングとしては最適ですが、当然ながら平地歩行と違い苦しさを伴い、山に行けなくなると義務感が強くなり、あまり楽しくありません。

 何か達成感が得られる歩き方は無いか・・と思っている所へ、格好の用事が出来ました。毎日飲んでいるコーヒー豆が底を付きそうで、購入先の店「K」は3キロほど離れたショッピング・モールに在ります。

 地図で確認すると川の対岸の団地の裏手を斜めに進む土手沿いの道が最短コースのようです。現在の巡航速度はおよそ分速百メートル・・。片道30分と予測し、ウオーキングで買い物を行う事にしました。

 コーヒー豆を持ち帰るショルダーバッグを背負い、16時30分出発です。風は殆ど無く寒さも感じません。方角的には北西に進むので、日没前の夕陽が思いの外の強さで斜め前方から照らして来ます・・。

 土手沿いの道は3メートルほど高い所に在り、右手には家並みの先に夕陽に輝く赤城山が見えています。裾野の長さがより強調され、斜光線で陰影が深まった各ピークの位置関係がより鮮明になっています。

 道沿いに植えられた梅はほぼ満開で、マスク越しにも香りが漂って来るような気がします。中間点と思われる郵便局が見えて来ましたが、時計は出発してから15分。良いペースで推移しています・・。

 小学校の角を曲がると最後の直線です。全く人通りの無い細い道が5百メートルほど続く先に、ショッピング・モールの建屋がシルエットとなり見えています。ゴールが見えて来た安心感が歩を早めます。

 ちょうど30分で店に着き、感染対策で入店人数を制限され暫く待たされましたが、15分で買い物終了。帰路は少しルートを変えたので3分ほど余計に掛かりましたが、ほぼ目論見通りの1時間ちょっとの往復です。

 後で地図で計るとモールまでは3キロ強。普段なら車を使い絶対に歩かない距離ですが、それをウオーキングで往復し、おまけに必要な買い物が出来ました。久々に味わった『達成感』、探せばまだまだ有りそうです・・・。  konakry





DSCF1078.JPG                    < 冬の夕焼け・榛名山 >

監視社会・・・

 ありとあらゆる『目』が我々を見ています・・。
夥しい数のカメラのレンズだけでなく、SNSでコミュニケーションを求める人々の目が、結果として監視の目となって見ています・・。

 主要道路には「Nシステム」と呼ばれるカメラが設置されており、通過した車のナンバーを撮影し、ホストコンピューターで照合され、盗難車両や手配車両を検索する仕組みですが、裁判の証拠にも使われているようです。

 そして全国あらゆる場所に設置されている「防犯カメラ」は、現在5百万台を超えると言われ、防犯目的で24時間・年中無休で監視しています。最近はAIと連動した「顔認証システム」も増えています。

 更に車のドライブレコーダーは増加と共に解像度の向上が図られ、歩行者の様子までが鮮明に映っています。こうした機器に加え、スマホの普及によりあらゆる事象が動画や静止画で瞬時にSNS上に投稿されています。

 高度に発達した情報化社会の中で行動する限り、人は24時間・あらゆる監視の目に晒されていると云う事を肝に銘じなければいけません。立場の有る者なら余計そうした危機管理意識が要求されます。

 当地出身で、政治家を始め芸能人やスポーツ選手等、有名人のスキャンダルのスクープを連発して『B砲』と呼ばれている週刊誌の編集局長が、たまたま当市で講演を行い、その様子をオンラインで流していました。

 ご本人は首相を始め中枢政治家とも深いパイプを持っているようですが、大切なのは政治家と親しくなる事では無く、記事を書く事・・とした上で、『親しき仲にもスキャンダル』がモットーであると語っていました。

 この週刊誌のウェブ版に、「緊急事態宣言下」に与党議員が女性と高級ラウンジに入る写真が載っていましたが、議員の脇の甘さもさることながら、どうやって写真を撮るのかが不思議であり驚きでした。

 更に政治がらみのスキャンダルでは、総理の親族が関与している公務員の倫理規定違反問題が新聞・テレビを賑わしています。国会でも取り上げられ野党からの格好の追及材料になっていますが、ここでは音声記録が出て来ました。

 誰がどうやって会話を録音し、それが週刊誌の記事になるのか・・全くもって不思議ですが、『事実は小説よりも奇なり』の言葉通り、実際にそうした事が起こるから小説や映画の材料になるのです・・。

 SNSの普及は留まる事を知らず、今や全世界の何億人と云う人間が活用しています。 人は交流を求めてSNSに参加しますが、そこでは時として個人の言動が大きな話題となり、その結果問題が発生する事が度々あります。

 SNSは知り合いの範囲から世界中の見知らぬ人々までの交流を可能にする反面、自らの思考・行動を含む個人情報を公開する事になります。世界中から監視されているのです・・。場合によっては犯罪に巻き込まれる事も・・。

 現代は「監視社会」。この一連の流れを「監視」と見るか否かは各個人の感じ方ですが、『危機管理』と云う文字通り身を守る術を見に付けておかないと、例え「立場の有る身」でなくとも、痛い目を見るかも知れません・・・。konakry



DSCF1077.JPG                    < 古墳の丘 >

懲りない人々・・・

 政権を担う与党議員の不祥事が続きます・・。
自粛要請中での多人数の会食・緊急事態宣言下での深夜に及ぶ飲食から虚偽発言がバレてしまいお詫びの会見等々、次々と現れます・・。

 世間の話題がオリンピック組織委員会に移ったかと思った途端にまた新手が登場・・。似たようなケースで、場所が銀座から麻布十番に変わっただけ・・。本当に懲りない人々で、ワイドドョーはネタに事欠きません。

 記者に囲まれ『一人で陳情を受けていた・・経済協力だ・・』等と開き直っていたのが、嘘がバレ改めてお詫びの会見となり、まるでドラマの敵役が責められているようで、失礼ながら見ていて滑稽です。

 我が国の自粛要請は、海外のロックダウンのような規制力を持たないので、自粛要請を守らなくても何ら罰を受ける事は有りません。ただ、それが明るみに出た場合、世間からの非難を受けるだけです。

 自粛と云う枷によって楽しみ事を規制されてはいるものの、誰しもが楽しみ事を行いたいのは同じです。問題は「緊急事態宣言下」と云う更に重たい枷の中で、我慢合戦にどこまで耐えられるかが大きなポイントです。

 嘗ての「自粛警察」で分かるように、「我慢できない人には猛烈な反感を持つ」と云うのが自然な感情で、ましてやルールを破ったのが国会議員であったなら、どれほどの反感・反発を生むかは容易に想像が付きます。

 また場所は何処でも同じですが、銀座や麻布十番と云う高級感のある場所が反感をより強めます。立場が国会議員となるとその進退が問われますが、直ちに議員辞職したのは連立を組む党の議員で、与党議員は離党しただけでした。

『自らの出処進退は自身が正すべきもの』と云う政権幹部のコメントに助けられて、単なる離党で事が済んだと思っているのでしょうか・・。同じ与党ながら、何故これほど対応に差が有るのか不思議に思っていましたが・・。

 ある政治評論家が面白い論評をしていました。「直ちに辞職した議員が所属する政党は、イメージカラーで言えば『白』で、そこに黒いシミが出来ると、物凄く目立ってしまう・・従って直ぐにシミを落とした訳です・・」。

 宗教団体が支援母体である政党にとっては、一刻も早く問題を解決し党の清新なイメージを保ちたい・・と言うのが本音であり、必然の行動です。同氏曰く『もう一方の与党のイメージカラーはグレーですから・・』・・!

 麻布十番の議員の方は女性同伴で、店に入る写真が載っていました。誰も見ていなければ・・見つからなければ・・といった甘い認識と不注意な脇の甘さから「B砲」・「S砲」と言われる週刊誌の餌食となってしまったのです。

 結局離党だけで議員辞職はしませんでしたが、次回の選挙には出馬しないとの事・・。連立を組む党の幹部がニュース番組で『いいかげんにして欲しい・・』と吐き捨てるように語ったのが印象的でした。

 感染防止の名の下に生活を破壊され、行動の自由を規制されるやり場のない不満の中で、不祥事の発覚は格好のはけ口となります。甘い認識で『B砲』や『S砲』の餌食となる『懲りない人々』はまだまだ現れそうです・・・。 konakry





DSCF1076.JPG                    < 中二子山古墳 >

春は直ぐそこに・・・

 暖かな朝です・・。
冷たい強風で屋外に出る気も起きなかった昨日と打って変わり、風は止み曇ってはいるものの、山々が全て見えている「高曇り」です。

 地元紙には毎日のように県内の様々な植物や花の記事が載り、写真付きで『今が見頃ですよ・・』と誘っています。密にならない屋外に出て、引き籠りによる鬱の防止と、歩く事で健康増進を図れ・・と言っているようです。

 これまでは写真の撮り方に騙された感じの場所が多く、大群落や群生を期待して行って見ると、そうでもない事が多々ありました。綺麗な事は間違いないので、最近は量的期待をせずに出掛ける事にしています・・。

 「O公園の寒梅」は場所も手近で、公園自体はここ数年間訪れていない事から、出掛けてみる事にしました。家からは車なら20分ほどで行ける近さで、梅を見ながら散歩とランチ・・と云う目論見です。

 県道を右折して公園に入ると、駐車場の車の多さにビックリです。後で分かったのは、先週の日曜日は満車だったとの事・・。大型車の駐車場には隣町の保育園のマイクロバスが2台と福祉施設のバスが停まっていました。

 O公園は中央に灌漑用の池を持ち、周囲には古墳や丘陵が有る36ヘクタールの広大な公園です。ロウバイ・梅・桜等の花木からコスモスやチューリップ等の草花まで年間を通して自然が楽しめる公園です。

 駐車場の様子からかなりの入園者が居る筈ですが、広大な敷地のお蔭であちこちに人影は見えるものの「密」な場所は見当たりません。おまけに平日なので入園者は「コロナ弱者」のお年寄りばかり・・。

 O公園での散策は、コロナ過での気力・体力を補う格好の場所のようです。日差しこそ無いものの、風も無く周囲の山々はくっきりと見え、起伏の道を歩むと全く寒さを感じない絶好の日和です・・。

 寒梅は公園の南西エリアに在り、行くまでの間には古墳群が有ります。長さ百メートル・高さ15メートルの前方後円墳が三つ並び、斜面には小さな階段が刻まれ昇降が出来ます。上からは周囲の田畑と西方の山々の広がりが見えます。

 遊歩道等で殆ど他人とすれ違う事は有りませんが、そうした場面ではどちらかが樹木や草花を見たり遠くの景色を見たりして通路に背を向け、顔を合わせないようにしています。すっかり『疑心暗鬼』が浸透しているようです・・。

 寒梅は木の本数こそ多くは無いものの、一本一本の花弁はかなり大きく、見事な咲振りです。紅梅と白梅が並んだ横にロウバイが有り、色合いと共に素晴らしい香りがしているようですが、マスク越しでは良く分かりません。

 突然幼い歓声が聞こえ、数十名の園児たちが古墳の階段に向かって駆け寄って行くのが見えました。『ムクドリの群れが来たみたい・・』と妻が笑って言いましたが、可愛い姿に見ていて頬が緩みます。

 芝生広場の真ん中のベンチでコンビニのおにぎりを食べながら、家から見るよりもかなり近くに見える山々を眺めていると、久々に外の空気を吸った喜びが込み上げて来ます。春の足音が直ぐそこに迫っています・・・。    konakry





DSCF1050.JPG                    < 大室公園の五料沼 >

ワクチン接種始まる・・・

 ワクチンの接種が始まりました・・。
第一陣は国立病院等の医療関係者・約4万人を対象に接種が行われ、引き続き国内の医療従事者約370万人に行われるようです。

 優先順位は高齢者・基礎疾患保有者・・と「コロナ弱者」から逐次実施し、16歳以上の全国民に実施するまでにはかなりの時間が掛かりそうです。一番の問題はワクチンが海外の製薬会社製である事・・。

 政府は数量を確保(必要数の提供の契約)したと表明していますが、あくまでも数量を提供すると云う契約で、その前には「EUの輸出規制」という壁がたちはだかっています。ワクチンを自国で作るのは大変な事なのです。

 各国はワクチンの獲得に躍起となり、ワクチンが作れる国ではそれを外交手段に使ったりもしています。中国は「パンデミックの震源地」のイメージを払拭するべく、アフリカや東南アジア諸国に供与を始めました。

 現在有効とされているワクチンは3種類、英国とアメリカの製薬会社が開発しました。各国が開発を行う中で臨床実験を含め驚くべきスピードで製品化に漕ぎ着けましたが、反面、効果や副作用への不安も呼んでいます。

 暫く前の世論調査では、情報が少ない事も有り、接種に対する不安が後押しして半数近くの人が「接種見送り」でしたが、その後の海外からの情報により、「見送り派」は3割程度まで減って来たようです。

 これまでの海外での接種の様子の映像を見ると注射針を腕に直角にズブリと刺して注射するので、物凄く痛そうです。「筋肉注射」と云う事で、そうした方法になるそうですが、何とも怖い感じです・・。

 我が国初の接種の様子がテレビで放映されました。首都の国立病院機構の医療センターで、病院長以下12名が接種を受けましたが、病院長の『全然痛くなかった・・』と云う笑顔の感想が印象的でした。

 コロナの感染が始まって丸一年・・。感染者数は漸減傾向にはありますが、変異種の出現や重症者数の増加、医療体制の逼迫など、見通しは楽観できません。そんな中で、ワクチンの接種が始まったのは特筆すべき事です。

 当初は時期的に3ヶ月・半年・年内一杯・・などと云う希望的観測と共に、せめてワクチンや特効薬が・・と言われていたものが、ついに実現したので、正に「闇夜の提灯」の感が有り、大いなるインパクトと言えます。

 しかし、冷静に考えると決して全てが解決した訳では無く、ワクチンの効果は『発症を抑える・重症化を抑える』は保証されそうですが、『感染を防ぐ』については、まだ何とも明言出来ないようです。

 仮にワクチンの供給が順調で、国民への接種が滞りなく進んだとしても、一人が2回の摂取を受け、「集団免疫」が確立するまでには、まだまだ相当な時間が掛かりそうです。過去のスペイン風邪も終息まで丸2年掛かりました。

 経済の減速・企業や事業者の倒産や廃業・失業者の増加等々、コロナは人々の生活を奪うだけでなく、心まで蝕んで行きます。果たしてワクチンは、出口の見えないトンネルの先に差す微かな光となる事が出来るでしょうか・・・。konakry





DSCF1046.JPG                    < 秋間梅林 > 

山怪・再び・・・(2)

 当時は高校生ながら年間50日位は山に登っていました・・。
春・夏・冬の長期休みは全て合宿で、山でのテント生活や雪洞の中での生活でした。特に春休みは丸一週間を雪の中で過ごしました・・。

 登る山は主に県内の山々ですが、一番多く登ったのがT岳です。標高は2千メートル足らずの山ながら本州の分水嶺で、当県側は切れ落ちた急峻な岸壁で、気候の変動も激しく、3千メートル級の山々と変わらぬ山塊です。

 特に岩場は日本三大岩場と言われる難所で、多くのクライマーが挑み遭難も数知れません。記録が有るものでも8百名以上の遭難死者数から、現在では『世界一危険な山』と云う有り難くない名前が付けられています。

 ガイドの女性の話は、夜中にT岳の岩場の有る沢に立つとハーケンを打ち込む音や、カラビナの金属音が聞こえて来ると云うものです。音こそ聞こえませんが、似たような体験を3年間、合宿の度に何度もしました。

 登山やクライミングには危険が伴うものの、遭難しようと思って登る人は誰も居ません。何らかの不注意や不運・不測の事態によって遭難が起こる訳で、本人にとっては思いもよらない不慮の出来事と言えます。

 「死」など考えていない人たちですから、突然襲ってきた「死」を理解出来ずにいて、そうした思念が見えない『気』となるのか、未明に外に出ると、真っ暗な山から何とも言えない気配が伝わって来るのを何度も感じました。

 三人目は別の山小屋の主人で、富士山に登った時の体験を語っていました。仲間四人で登っていて霧のために道を外れ、おまけに仲間ともはぐれてしまい、携帯電話も繋がらない状況に陥ってしまった時に・・。

 突然目の前に有るはずも無い池が現れ、その手前に巨大な男が居て、池の向こう側には巫女が二人、こちらを向いて立っている・・。見ている内に突然ここに居てはいけない・・と云う気持ちになり逃げ出したそうです。

 今度は追いかけられる事は無かったのですが、「行ってはいけない場所(見てはいけないもの)」に立ち入る所だったようで、山には人間が立ち入ってはいけない場所が併存しそこは『神の領域』である・・と話していました。

 確かに山は山岳信仰のご神体であり、神そのものであると考えられています。全国の多くの山々の初登頂者は修行僧か修験者で、殆どの山には近くに神社が在り、山頂には祠が建てられて信仰と一体となっています。

 三番目の山小屋の主人によれば『富士山の八合目以上は神の領域』との事です。高い山でなくても、人が居ない山では不思議な事が起こります。風も吹いていないのに音が聞こえ、何かに見られている感じがする事が有ります。

 こちらの体調も影響するようで、15キロ・10時間の行程を歩き疲労困憊したS山では、日没後の薄暗い登山道で座り込んでいる子供を見る幻覚が起きました。伐採した木の切り株が子供に見えたのですが・・。

  最近の怖い体験は、昨春の緊急事態宣言直前、県南西部の岩山に登った時の事です。誰も居ないと思った山頂に着くと登山者が一人居て、挨拶して話をすると、何と首都の隣県から来たとの事でした・・・。        konakry





DSCF1051.JPG                    < 雪の谷川岳 >

山怪・再び・・・(1)

 テレビで興味深い番組を見ました・・。
夜中のBS放送で、タイトルは『業界の怪談』・・。お盆でもないこの時期に、何でこんな番組が、しかもNHKで・・と思いました。

 「清掃関連」・「建設関連」・「登山関連」の三業界の専門家が集まり、それぞれが実際に体験した怖い話を語り合い、それを再現ドラマで見せると云う内容です。プロデューサーが語る番組の狙いをネットで見付けました。

 現代社会の特徴である核家族化や、オリンピックを中心にあちこちで起こる再開発、そしてブームの登山・・これらに関係する業界での様々な「怖い」体験談を紹介し、世相を違った角度から見る・・と云うのが狙いとの事でした。

 特に登山をする者としては「登山関連」に一番の興味を持ちました。「○○ガール」や「☓☓女子」と云う言葉の中に『山』が入るほど、現在は第何次かの登山ブームと言われています。コロナ禍の今は「密」で無い事が更に拍車・・。

 「登山関連」には山小屋の主人が二人と女性の山岳ガイドが登場し、それぞれ体験した怖い話を語っていました。最初の話は、山小屋の主人が夕方山を下り、麓の自宅に向かう途中で体験したと云う話でした。

 中腹で登って来る軽装の登山者に時間を尋ねられ、答える内に姿が消え、暫くして気配に振り向くと頭の後ろにその登山者が「浮いている」と云うのです。夢中で駆け降りると、斜め後ろの空中を一緒について来る・・!

 映像で見ると何とも不気味な怖い話で、最後は山小屋の主人がたまたま経文を知っていたため、それを唱える内に消えてくれた・・と云う話でした。見ていて自分も似たような体験をした事を思い出しました・・。

 ちょうど3年前の春。山にはまだ日影に残雪が有る時期でした。県北部のO山からA山へ縦走する計画でO山の麓に在る沼の畔を通った時の出来事です。嘗てはバンガローが有るキャンプ場として賑わった場所でした。

 大昔は信仰登山で賑わったようですが、ゴルフ場が出来て道が塞がれ、更にキャンプ場は山ビルが出るようになり、今はすっかり錆びれて訪れる人は居なくなりました。こちらはA山への通過ルートで登ったのですが・・。

 沼の畔で写真を撮っていると人の気配がして、振り返ると中年の男が立っていました。後で考えると奇妙な格好で、Tシャツに短パン・サンダルの出で立ちで、まるでキャンプをしてバンガローから出て来たような姿でした。

 何となく話をする気になれず、挨拶だけで写真を撮っていると、いつの間にか居なくなってしまったのです。キャンプ場はかなり前に閉鎖され、バンガローも朽ちています。一体どこから来て何処へ行ったのか・・?

 その時は何とも思わず、歩き出すと直ぐに忘れてしまいましたが、その後不注意からルートを間違え、山頂に出るまで急斜面を30分近く登る羽目になってしまいました。今思うと「追いかけられなくて」良かったと思いました。

 女性の登山ガイドも二つ体験を話していましたが、その内の一つは全く同じことを体験した事が有ります。それは遥か昔・・。現在の登山の出発点となる高校山岳部に入部して、合宿の時の体験です・・・。 < 続く >   konakry



DSCF1049.JPG                    < 一ノ倉沢 衝立岩 >

文明の利器・・・

 文明の利器・・。
物質的文化の発達によりもたらされた、便利な機械・器具。日常生活は数々の「文明の利器」のお蔭で、便利で快適なものに変わりました・・。

 快適な生活への欲求は数々の道具の発明や改良を生み出し、そこに電気と云うエネルギーが加わり、省力・精度の向上から果ては省エネルギーまでも追及し、日常生活は「家電=家庭用電気機械器具」で覆い尽くされています。

 基本的な家事である「炊事・洗濯・掃除」を見れば、それらが手作業で行われていた時期は今から百年近くまで遡る事が必要で、数々の「文明の利器」によって、我々は長い間便利で快適な生活を送る事が出来ました。

 冷蔵庫の不調が始まったのは数ヶ月前・・。最初は扉を開けると点灯する庫内灯が、点いたり点かなかったりと云う症状でした。暫くすると音声で『販売店に連絡して下さい・・』と言うようになりました。

 そして氷が出来なくなりましたが、寒い時期に入り氷をあまり必要としない事や、たまのハイボール作成にはもう一つの冷蔵庫の氷で代用し、不便は感じませんでした。その内新たなの症状が始まりました。

 妻が「庫内の温度が下がらないような気がする・・」と言い出し、確かに中に手を入れてもあまり冷たい感じがしません・・。「ついに寿命か・・」と私。今の家に引っ越した時の購入で、ちょうど20年が経ちました。

 現代の家電は修理よりも買い替えの方が良い・・と云われ、20年は大変な長寿命です。近所の贔屓にしているM電器に電話するか・・と会話をしていたその日の午後、何とM電器のDMがポストに入っていました・・。

 二人の会話が聞こえたのか・・と笑ってしまいましたが、チラシの中には、ほぼ同じサイズの大型冷凍冷蔵庫がかなりの割引価格で載っていました。即断即決で、翌日電話すると、在庫も有るとの事・・。

 その翌日、約束の時間にチャイムが鳴り、冷蔵庫が到着です。現在の冷蔵庫の設置場所は2階のキッチンカウンターの隣。まず、今有る冷蔵庫を撤去して、その場所に新しい冷蔵庫を設置しなければなりません。

 70センチ近い幅と奥行きに1.8メートルの高さがあり、80キロ近い重さはスリムなプロスポーツマンのような感じで、人間なら数人で担ぎ上げられるでしょうが、相手は鋼体。しかも階段の昇降は大変な仕事です・・。

 選んで来たのか、3人の店員は皆屈強な人ばかり・・。30分ほど掛け、冷蔵庫の交換は終わり、元の位置に新しい冷蔵庫が収まりました。同じようなデザインで、扉が新しいので輝いていなければ交換に気付きません。

 様々な文明の利器が日常生活に溶け込み、それによって快適な生活が維持されている間は、至極当然で何も感じないのですが、一度不具合が起こり、不便を強いられた時に、初めて利器の有難味が分かります。

 『防災』と同じで忘れた頃にやって来る災害に、常に備える殊勝な気持ちはなかなか持てません。せめて「利器」のチェックを・・と家中を見回すと、『20年選手』がいろいろと出て来ました。さて次は何が・・・。     konakry





DSCF1047.JPG                    < 早春の山里 >

SNSの世界・・・

 面白い記事を見付けました・・。
アメリカのシリコンバレー発の新しいSNSが国内で急速に広まっていて、それは音声でコミュニケーションするプラットフォームとの事・・。

 「Twitter」の音声版とも言われる『Clubhouse』と云うSNSで、注目を集めている理由の一つは、既存のユーザーからの招待でしか登録出来ないと云う点です。しかも招待者は2名までとか・・。

 音声だけと云う点では、他のSNSのように「見る」必要が無く、ラジオのような感覚で聞き流す事が出来て、拘束感が無い事もメリットのようです。『誰かが雑談をしている部屋に立ち寄った・・』と云う感想も有ります。

 確かに「Zoom」のようなオンライン・ビデオツールは便利な反面、それに専念しなければならず、四六時中SNSの虜になっている人たちには、拘束力の薄い、ラジオを聴くような気安さが受けているのかも知れません。

 現代は正に「SNSの世界」ですが、この35年間、インターネットと携帯電話の発達・普及により、世の中の情報伝達とコミュニケーションの有り方が大きく変化をして来ました。当然ながら人々の生活様式も大きく変わりました。

 嘗て携帯電話が無かった頃のコミュニティは必然的に「知り合い」の範囲でしたが、携帯電話の普及により、「メール」と云う特定者同士のコミュニケーションが生まれ、それがSNSによって不特定多数のものに変化しました。

 SNSの発達はここ20年弱であり、30代以下の若い人たちが主流を占めます。メール世代は40代以下、スマホの普及と共に中高年層へと広がり、今や高齢者層へも広がりを見せています。

 通信規格が4G以上になると、フィーチャーフォンタイプの携帯電話が使えなくなり、誰しもがスマホに変えざるを得なくなるので、高齢者への普及も物凄い勢いで進んでおり、見かけ上の「デジタル社会」は容易に完成しそうです。

 物品の購入や決済・各種手続から予約・申込みまで、生活のあらゆるものがデジタル化・オンライン化された世界に変わって行く・・スマホは持たされたものの、高齢者はそれを駆使して生活して行く事が出来るのか・・?

 「ハンコ」を無くし「デジタル庁」まで作った政府は、果たして人口の4分の1を占める高齢者をどれだけフォロー出来るのか・・それとも「IT難民」にして違った形での『人口調整』を行うのか・・注目したい所です。

 『SNS世代』と云われる若い人たちは、様々なSNSによって四六時中人との繋がりを求めていますが、わが身はそれが煩わしい年代・・。LINEでも送られてきたトークには返事をしますが、こちらから送る事はしません。

 コロナ禍は人々に「自粛」と云う物理的「分断」を強いていますが、飲み会はとも角、集まって他愛のない雑談をする事が出来なくなって、余計に暗い気持ちにさせられているのかも知れません。

 感染者数は減って来た感じですが、変異種が徐々に増えている気配です。もっと深刻なのは重症者が減らず、医療体制が崩壊寸前な事・・。緊急事態宣言の期間が延長されましたが果たしてその先は・・・。          konakry





箕郷梅林.JPG                    < 箕郷梅林 >

春の足音・・・

 立春が過ぎました・・。
暦の上では春ですが、寒さはまだこれからの感じ・・。今朝も外気温は氷点下で、庭の水道に防寒用に巻き付けたタオルが役に立っています。

 夜のテレビ番組で、横浜港に接岸したクルーズ船の話題を特集していましたが、ちょうど一年が経ったようです。当時乗船していた人が「あっという間の一年・・」と語っていましたが、日本中が同感だったに違いありません。

 事態が良く飲み込めないまま、感染者が急増し「緊急事態宣言」が発出され、夏には・・年末には・・と希望的観測の中、治まるどころか二波・三波と拡大が続き、国中がコロナに翻弄された一年でした・・。

 「感染の蔓延」を防止すれば当然コロナは終息します。個人レベルの病であれば一定期間入院や治療すれば済みますが、世の中全体を止める事は難しく、経済活動を考えると蔓延防止でコロナを終息させる事は非常に困難です。

 ロックダウンと云う強権発動に対し不満の暴動が起こる諸外国に比べて、我が国の国民性のお蔭で「要請」と云う政府のお願いだけで「自粛」による防止策を図って来ましたが、もうそろそろ限界のようです。

 「感染抑止のための具体的な裏付けとしての法規制」と「私権の擁護」の議論がぶつかり合う国会は、与党議員の夜遊びや虚偽発言・首相親族の接待疑惑と云った本題では無い部分で会議が紛糾したものの法案は可決・・。

 国家の非常時にリーダーが指導力を発揮し国民を導けるかどうかで、その国の運命が決まる中で、果たして我国はどうか・・? 内閣支持率はどんどん下がるものの、野党も政権与党に代わるのは難しいのでは・・?

 大臣クラスの不祥事に加え、失政に追い打ちを掛けるように「COCOA(コロナウイルス接触確認アプリ)」の不具合が発覚しました。これでマイナンバーカードと同様、今後のアプリの普及は望み薄です。

 個人的な一年間を振り返ると、ボランティアの対外活動は9割以上自粛。楽しみ事の登山・ゴルフも4ヵ月近く自粛。更に「夜会」に関しては昨年2月末からほぼ1年間、完全な自粛をしました。

 これまで通った多くの店が苦境に立たされたでしょうが、一軒は廃業・一軒は休業・三軒から何とか営業を続けているとのメールが届きました。世の中の話題と同じような事が身近な範囲でも起こっています・・。

 コロナ過の中で一年経過し、以前のような生活には戻れないと分かっているのに、心のどこかでは『これは夢ではないか・・』とか『映画のように突然ウイルスが消滅するのでは・・』と云う思いが時々起ります。

 ワクチンに対する期待がそんな思いを産むのかも知れませんが、ワクチンの効果・副作用・供給体制等々、全てはこれからの話です。それでもワクチンの存在は、「暗夜の灯台」のごとく、残された希望と言えます。

 人間の悩みとは無関係に、季節は着実にその歩みを止める事無く進めて行きます。夕方のニュースで「春一番」が吹いた事を告げていました。コロナの中で、二回目の春の足音が聞こえています・・・。          konakry





未・梅田湖.JPG                    < 梅田湖のろうばい >

今年の恵方は南南東・・・

 節分と恵方巻き・・。
今は「バレンタインデーとチョコレート」の組合せと同じようにすっかり定着し、世の中の習慣と化しつつありますが・・。

 今年は節分が「2月2日」になると云う事が話題となりました。天文学では、「地球が太陽の周りを一周する時間 = 1太陽年」を1年と定めていますが、厳密には365日と6時間弱で、この余りの部分が問題です。

 4年に一度「うるう年」として「2月29日」を作り調整していますが、一日に足りない部分が更なる調整を必要とし、最後は節分が2月2日や4日になる事が出て来る・・。「2月2日の節分」は124年振りのようです。

 本来は立春・立夏・立秋・立冬の季節の変わり目の前日が節分で、年に4回有る筈ですが、立春の前の節分だけが残ったのは、旧暦(太陰暦)の立春が正月に近く、「年の変わり目の意味合いが強い」と云う点のようです。

 「恵方巻き」を知ったのは、10年近い昔。今は亡き友人のA君がコンビニでバイトをしていた時に頼まれて「恵方巻き」の販促に協力して買ったのが最初です。食べてみてこれなら自分で作れる・・と恵方巻き作りを始めました。

 元々恵方巻きの事を知らなかった上、世の中で話題になってからも「バレンタイン・チョコ」同様、「寿司屋の陰謀だろう・・」と、興味を持ちませんでした。自分で作るようになってからは、いろいろ調べて見たら諸説有りました。

 明治期における寿司業界の拡販が最初で、次は1970年代の海苔業界の拡販、そして80年代になるとコンビニ業界での冬の拡販対策・・と、いずれも関西方面から始まったようです。現在は節分行事と共にすっかり定着しています。

 相変わらず「2月3日の節分」の頭でいた所に、『今日は節分・・』と妻から言われ、急遽恵方巻きを作る事にしました。これまでは「海鮮恵方巻き」が中心で、ネタになる魚介類を買ってきて恵方巻きを作っていましたが・・。

 たまたま朝刊の折り込みチラシにすぐ近所のスーパーBが載っており、その中に『恵方巻きの具セット』が有りました。のり巻きの具がカットされた詰め合わせで、2本用と3本用の2種類が有り、便利そうで使う事にしました。

 セットの中味は具材用にカットされた鮪・サーモン・海老・玉子・キュウリとマグロ中落ち・海老っ子の7品で、七福神に準えたと思われます。息子一家の分も・・と考え、2セット5本分を購入しました。

 酢飯は5合。飯台に入れて5等分します。嘗ていなり寿司の時に適当に酢飯を詰めていたら油揚げの数と合わず、大きさの不揃いのものが出来てしまいました。以後は酢飯の配分に気を遣うようになりました。

 前回の鉄火巻きは細巻きでかなり気を遣い、何とか上手く行きましたが、その点太巻きは巻き込みの一締めと、巻き返しの押さえがきっちり出来れば、比較的簡単に作る事が出来ます。今回もまずまずの出来上がりです。

 本来は恵方に向かって願い事を念じながら黙って食べるのですが、1合の一本は余りにも大き過ぎます。10センチほどに切った物を食べる事にしました。今年の恵方は「南南東」・・願い事は叶うでしょうか・・・。     konakry



未・秋間梅林.JPG                    < 秋間梅林 >

山座同定・新たに分かった事・・・

 山々が綺麗に見えています・・。
数日前に降った雪は山の陰影を深め、午前中の正面からの日差しが奥行きを際立たせ、各々の峰の位置関係を明確に示してくれています。

 こうした条件で「山座同定」を行うと、見えているスカイライン(各ピーク)が正確に同定出来るので、折角の機会を利用しようと双眼鏡を持って三階の部屋に上がりました。前の家の屋根越しに榛名山から赤城山までが見えています。

 双眼鏡は二つ持っていて、山行に持って行く倍率が8倍のコンパクトなものと、ちょっと大型な20倍のもの・・。双眼鏡は高倍率になればなるほど視野が狭まり、手持ちでは手のブレが視界の確保に大きく影響します。

 双眼鏡を椅子の背もたれの上に固定してブレを防ぎながら覗く事にしました。まず左目で見る単眼部を覗きながら回してピントを合わせます。次に中央に有るピント調節リングを回して全体(両目)のピントを合わせます。

 高倍率のため被写界深度は非常に狭く、ピント合わせには調節リングを回すのに微妙な動きが要求されますが、ピントが合った瞬間、20倍の迫力画像が目に飛び込んで来ました。ちょうど一眼レフの望遠レンズの要領です。

 視界の対象は榛名・相馬山の山頂部。雪の付き具合からかなりの急斜面で有る事が分かります。ゆっくりと左方向に向きを変えると榛名富士の特徴的な形が見え、山頂部に在るロープウエイの建屋も見えました。

 更に左下には小さな三角形が見えます。昨年末に登った旭岳で、その手前に5百メートルほど離れた千百メートルのピークが重なって見えています。午後になるとシルエットに溶け込み見えなくなってしまうピークです。

 その左は三ツ峰山。台形の右部分は本峰と少し手前下に東峰が重なっているのが分かり、左側には二つの小ピークに続く西峰が台形を構成しています。もう一度全体を良く見ると、台形の右側に色の濃い部分が飛び出して見えます。

 注意深く見ると色の違いは奥行で、明らかに三ツ峰山とは違う山が右側の奥に見えています。掃部岳です・・!シルエットで重なり、今まで見えないと思っていましたが、順光で奥行きが分かると僅かながら見えていたのです・・。

 これは新たな発見で、我が家よりも東ないし北方向に在る場所なら掃部岳が見える事が分かりました。同様に年末に登った幡矢ヶ岳と大鐘原ヶ岳の間にも色の違う部分が見え、奥に在る李ヶ岳の一部で有る事も分かりました。

 当県には「三山」と云われる山塊で呼ばれる山が有りますが、いずれも火山活動による造山で、カルデラを囲む多くの外輪山で構成されています。国土地理院の地図に載っている山名表示の有る山は、「赤城山」では15峰・・。

 それに比べて「榛名山」では25峰。千メートル未満の無名のピークを数えると40峰近くの峰々が有ります。昨秋、「榛名天狗山」に登って以来すっかり榛名山のピークハンティングの虜になってしまいました。

 『家から見えるスカイライン』という括りでは残りは「大・小鐘原ヶ岳」の2峰・・。雪解けと新しい車の到来が待たれます。気象条件と高倍率双眼鏡とが山座同定にまた新たな発見を教えてくれました・・・。       konakry



DSCF1041.JPG                    < 榛名山雪景色 ・ 三ツ峰山の右奥に掃部岳が見える・・ >

コロナ鬱・・?

 暫く前から体調不良です・・。
腰痛と口内炎(舌先のアフタ)の二重苦。腰痛は脊椎よりも左坐骨の辺りが痛みの中心で、朝ベッドから降りるために姿勢を変えた時に痛みます・・。

 腰痛は「職業病」的な付き合いで、高校時代の登山が出発点。腹筋と背筋の強化で抑えて来ましたが、体力が落ちて来ると腰全体が痛みます。しかし今回はピンポイント的な痛みで、姿勢が変わり暫くすると和らぎます。

 口内炎は原因が明確で、食事中に誤って舌先を噛んでしまい、その部分がアフタとなってしまいました。食事の際にお茶・コーヒー・味噌汁等、熱いものが口に入る時や口の中で食べ物が触れた瞬間に痛みが走ります。

 人間は口の中の痛みには特に弱いようで、虫歯は勿論、間違って口内(頬の内側・唇の内側等)を噛んだ時の痛み、そして食事で食べ物がそれらに触れた時の痛みには耐え難いほどの苦痛を感じてしまいます。

 口内炎の原因は様々で、口の中を噛んでしまうなどの物理的刺激の他に、ストレスや栄養不足などによる免疫力低下や、ウイルスなどによる感染、他の病気の一症状として口内炎が起こる場合もある・・と云われています。

 今回は誤って舌先を噛んでしまった・・と云う物理的原因が明白ですが、その誤って口の中を噛む事の原因は、コロナ禍による「ストレス」・・と云うのが妻の見立てです。本人は自粛生活をストレスとは思っていないのですが・・。

 確かにボランティアが全て休止となり、外出して人と会う事が9割以上減りましたが、人の居なそうな山への単独行や時々のゴルフ、夕刻のウオーキング等の屋外活動をし、家の中でもいろいろな事をやっています。

 毎日午前中に飲むコーヒーは淹れ方の練度が上がりました。ブログを書き、添付する絵を描きます。CDと一緒にドラムを叩きます。相手をしてくれるのは世界の名プレーヤーたち・・。時々「お家ごはん」も・・。

 様々な事で毎日が埋まりますが、強いて挙げればいろいろな人との交流が無くなった事が問題です。時たま電話のやり取りをする時はついつい長話になってしまいます。メールよりもリアルな会話が大切なようです。

 SNSはそれで常に縛られるのが嫌で、こちら主体のブログだけ。LINEをある研修に使うため登録したら、たちまち電話帳の登録者の中から50名近い人達から着信やらスタンプやら果ては動画までもが届きました。

 送られてきたトークには返事をしますが、こちらからトークを送る事はしません。『SNS世代』と云われる若い人たちは、様々なSNSによって四六時中人との繋がりを求めていますが、わが身はそれが煩わしい年代・・。

コミュニケーションが大切と思っているので、自粛により人との交流が遮断されると、気付かぬ内にそれがストレスとなり、次第に蓄積されているのかも知れません。「体調が悪いのはストレスだ」と言われると辛いのですが・・。

 腰痛は動き出せば殆ど感じ無くなり「アフタ」が問題です。ビタミンB2・B6が有効なので、大量のビタミン剤を服用した結果、少し治癒して来ました。コロナは感染しなくても様々な被害をもたらすようです・・・。    konakry





DSCF1038.JPG                    < ロウバイの里 >

黄昏のウオーキング・・・(2)

 自粛生活が続きます・・。
首都の感染者数がようやく三桁に下がったと思ったのも束の間、たった二日で千人台に逆戻り。しかも重症者の数も減りません・・。

 すっかり「コロナ慣れ」してしまった世の中は、政府の呼びかけにも拘らず、一向に人の流れは減りません。前回の宣言直後に比べると全国主要地域で凡そ3割近い人の増加と云う結果が出ています。

 感染者数も毎日3千名を大きく上回る数字が続き、その半数近くは30代以下の若い人たちです。テレビなどの街頭インタビューで返って来る答えは、政府や政治家に対する不信感から要請を守らないと云うものです。

 永い間中高年層以上を中心に行われてきた我が国の政治活動のツケが回って来たようで、若者世代が政治に無関心なだけでなく、コロナ過では不要不急の外出自粛を始めとする政府の呼びかけに反発している感じです。

 極論を言えば、コロナウイルスに感染しても殆ど軽症か無症状の若者たちが、自分達が年金その他で支える事を強いられている高齢者を感染させ命を奪って行く・・そんな『人口調整』が行われているような気がしてなりません。

 罹っても軽症の代わりに、後遺症が残るのは若い人が多いようで、味覚・嗅覚の障害や倦怠感、脱毛などの症状が長く続くようです。テレビで見た強度の脱毛に悩み養毛剤を使う20代の女性の話をもっと拡散すべきです・・。

 2年前に「年賀状仕舞い」をしましたが、未だに20枚を超える年賀状が届きます。昨年は前年のこちらの文面を見ずに送って来た・・と思っていましたが、今年も同じ人から来た文面を見ると、そうでもないようです。

 年に一度、近況を伝えたくて出す人もいる訳で、そういう人へは「寒中見舞い」の形で返事を出す事にしました。返信をポストに投函するのなら不要不急の外出では無いので、投函がてらウオーキングに出掛ける事にしました。

 郵便局は5百メートルほどの所に在りますが、反対側の川の対岸の住宅地にもポストが有り、折からの夕焼け空に誘われて川を渡る事にしました。坂道を登って行くと、緩やかにカーブして行く道路の先は空が茜色です。

 ポストにハガキを投函した後、最初の信号を左折し南に進みます。小学校の脇を抜けると周囲は田圃に変わり、新しく出来た総合病院までの長い直線道路が続きます。道路に入った途端、素晴らしい景色が待っていました。

 遥かに続く田圃の先にはシルエットになった民家と背後の山々が広がり、残照の空は雲の一部を美しいグラデーションに染め上げていました。思わず足を止め見とれてしまい、更にはシャッターを切ります。

 少子化で廃校になった小学校が、今度は二つの中学校を統合した新しい中学校に生まれ変わり、真新しい体育館が完成していました。住宅街に戻り大通りに出ると、チェーン店のドラッグストアが廃業していました。

 冬至から一ヶ月以上過ぎて日没が大分遅くなり、5時半近い夕刻でも残照が辺りを照らしています。気付かぬ内に家の周囲は少しずつ変化をしているようで、それを知らせてくれた黄昏のウオーキングでした・・・。     konakry





冬の夕映え (2).JPG                    < 冬の夕焼け >

雪が降る!・・・

 天気図が典型的な気圧配置に変化して行きます・・。
大陸からの寒気が張り出している中で、本州の南岸を複数の低気圧が東に進み、大量の湿った空気を北に向かって送り込んでいます・・。

 テレビの天気予報は2日前から降雪を予報し、特に内陸部の山沿いでは大雪が、平野部でも積雪になると報じていました。当市は平野部の外れで大雪との境界地です。どんな状態になるかは気温の低下次第です。

 最近の天気予報は複数の気象衛星を使っている事もあり、かなり正確です。しかしながら相手は自然。気圧の微細な変化が空気の流れを変え、その進路の微妙な変化が結果に影響を与えます。要は如何に正確に予測をするかどうかです。

 一年前も同じような状況が起こり、その時は今回よりももっと大雪が降ると云う予報で、自治体からも注意喚起と対策を促すメールが頻繁に届きました。しかしながら結果は屋根を白くする程度の降雪で終わりました。

 それでも年末になると県北部で記録的な大雪となり、高速道路の大渋滞が発生。更に年が明けると北陸地方でも大雪となり、こちらも千台を超える大渋滞が発生しました。こんな中の天気予報の降雪情報には緊張します。

 雪国では無い当市では雪に対する備えは殆ど無く、一度大雪が降れば大混乱に陥ってしまいます。7年前、当市では観測史上初と言われる大雪が降り、都市機能が完全に麻痺してしまった事が有りました。

 朝起きて二階の窓から道路を見下ろすと二階とは思えぬ近さに見え、異常な大雪が降った事が分かりました。雪が消えた後は屋根や雨樋、カーポートや農業用ビニルハウス等に大きな被害をもたらす災害となりました。

 これを教訓に、特に雪に対しては敏感になり、市当局も頻繁に降雪に関する注意歓呼のメールを発信するようになりました。今回も「大雪に関する情報 第○号」と云う形で、4号までが出ています。

 昼過ぎから雨が降り出しました。ニュースでは雨は夜半から明け方にかけて雪に変わり、平野部でも5センチ程度の積雪になる見込み・・と報じています。就寝前に外を見ると、空気はかなり冷たいもののまだ雨でした・・。

 朝起きて、『外は一面の雪景色・・』と思って窓を開けると、小降りながらも雨・・。結局思ったほど気温は下がらなかったようで、雪雲は接近したものの、当地をかすめただけで通過してしまいました。

 今回も雪は降らずに終わりましたが、新聞の記事には1センチ未満の積雪・・と載っており、測候所の辺りには降ったようでした。降らずに終わるにこした事は有りませんが、すこし残念な気がしないでもありません。

 『災害が来ない地域』と言われる当地では、7年前の大雪を除き、台風・大雪等での大規模災害が起きた事が無く、何となくギリギリの回避をして来ました。昨年末の大雪も県北の地域が一日当りの降雪量で話題に上っただけでした。

 用心深い妻は最初の情報メールでホームセンターに走り雪かき用のスコップを購入して来ましたが、今回はその出番は有りませんでした。この後もラッキーが続き、スコップの出番が来ない事を願うばかりです・・・。     konakry






DSCF1034.JPG                    < 雪の朝 こうなる筈だったが・・ >

今年もコロナ・・・?

 我が国で初の感染者が確認されてから一年・・。
新しい年になってもコロナの脅威は消える所か、感染者数は「高止まり」状態が続き、更には感染力の強い『変異種』までが発見されました・・。

 限定的ながらも二回目の「緊急事態宣言」が発出されて2週間、未だに日当たり5千人を超える感染者が発生し、首都でも連日千人を超える数字が続きます。果たして来月7日に宣言の解除が出来るまでに感染者が減るのか・・?

 人間の感覚とは不思議なもので、首都の感染者を見ると、5百人を越えた時に驚き、その後千人を越えた時には2千人の恐怖を予感しましたが、一旦2千人を超えてからは現在の千人台には殆ど慣れっこになっています。

 政府は「不要不急の外出自粛」を中心に、感染拡大防止に躍起となっていますが、特に若い人たちへのアナウンスは行き届かないようです。街頭インタビューでは政治家の会食が取り上げられ、『隗より始めよ』が問われています。

 全国の感染状況を見ると、連日のように何処かで「過去最高」の感染者数が出現し、極端に少ない何県かを除き、感染拡大の平準化が見られます。言い換えれば多発地域から周囲に滲み出すように、全国へと広がっています。

 隣県のT県は当県と共に全国の魅力度の下位争いをする関係でしたが、事コロナに関してはあっという間に感染者が急増し、今回の「緊急事態宣言」の対象県になってしまいました。それに比べれば当県は良く踏み留まっています。

 当県の感染者数は一度百名を記録しましたが、何とか50名前後で留まっています。しかしながら医療の逼迫度(コロナ専用病床の使用率)と云う点では全国でもワースト10に位置し、感染したら大変です・・。

 今、国会で問題となっているのは「特措法への罰則付加」と云う問題です。あくまでも「要請」により自粛や時間短縮を推進して来たものを、刑事罰や行政罰によってその実現を強化するのが狙いで、賛否が巻き起こっています。

 「インフルエンザ特措法」で都道府県知事に与えられた権限の強化を罰則の付加でと云うやり方に、実効力が上がると云う見方と、憲法上の「私権」の制約は如何なものか・・という意見がぶつかり論争を呼んでいます。

 大元の「感染症法」では感染症のまん延防止にかなり過大な罰則が付けられていますが、不幸にして感染した者と、罹るべくして感染した者との区分は必要と考えます。いずれにせよ十分な議論が必要な問題です。

 政府が『目玉』にしているワクチンですが、担当大臣や実施の目途らしきスケジュールが発表されました。しかしもう一方で「五輪開催」に拘りを見せる点は、どう考えても政権浮揚の方策に見えて仕方ありません。

 通常はかなりの時間を必要とする新薬やワクチンの開発が、これほど短時間で果たして大丈夫なのか・・と素朴な疑問が湧きます。各種調査で半数に近い「接種したくない」の答えがそれを物語っている感じがします。

 およそ5千人の死亡者と36万人に迫る感染者数は留まる事を知らず、午後の遅い時間になるとテレビ画面に現れる感染者数の速報値が気になる毎日が続きます。今年もまた『コロナの一年』になるのでしょうか・・・。  konakry



DSCF1033.JPG                     < 雪原 >

ゴルフは暫くお休み・・・

 コロナ自粛は次々と行動を奪って行きます・・。
ボランティア活動は9割減。野外活動の登山も雪のシーズンとなり休止。残されたのはゴルフですが、これも風前の灯・・。

 元々1月は3回のゴルフが予定され、その後は寒い時期中はお休み・・が例年のパターンですが、今年は様々な制約がゴルフを中止させようとしています。第一はコロナ過による行動規制です。

 屋外で3密が避けられ、食事さえ気を付ければ・・と思いますが、ゴルフ自体は不要不急の範疇。ゴルフ場も感染対策の徹底を迫られ、クラブハウスには体温検知器が設置され、フロントはアクリルシートで囲われています。

 室内はマスク着用で、アルコール消毒・・と対策を取り、更にゴルフ場によってはレストランと風呂を休止してスループレーにしている所もあります。ゴルフに専念出来ておまけに料金も安いので反って喜ばれていますが・・。

 昨年自粛の後、再開した登山やゴルフの時にマスクをして行う習慣にしたら、マスクが気にならなくなりました。マスクのお蔭で呼吸器が鍛えられた感じです。同伴者にもプレー中もマスクをする者が増えました。

 第二は車が壊れた事です。次の車が来るには3ヶ月ほど待たねばならず、代車を借りる位なら妻の車を借りた方が手っ取り早いと、早速借用しました。コンパクトカーながら高速道路を走ってみるとなかなかの走りです。

 普段は高速道路を走る事などの無い妻なので、連続高速運転に車が喜んでいる感じです。ただETCが付いていないため、10数年ぶりに手動のゲート通過をしましたが、慣れないため釣銭の取り出しに苦労しました。

 それやこれやで苦労してプレーに漕ぎ着けましたが、今回のメンバーはO君・H君と先輩のSさん。問題はSさんとH君、共にヘビースモーカーで、プレー中も煙草を吸うため、マスクをしていても煙が寄って来ます・・。

 いつもカートには極力乗らず、サブバッグを担いで歩いていますが、今回はホール間の長い移動以外は殆ど歩いて清涼空間を保ちました。お蔭で運動量はいつもより増し、13000歩を越える歩数でした。

 沢山歩くと足腰の強化と共にゴルフのスイングにも良い影響をもたらすようで、ドライバーの飛距離が伸びたようです。O・H君を抜いて、豪打のSさんに並ぶ飛距離が何度も出ましたが・・。

 帰りの車に乗った辺りから何となく腰に違和感を覚えるものの、その時はそれで終わりました。翌朝起きる時に腰に痛みを感じ、痛いまま一日が過ぎました。取り敢えず鎮痛の湿布薬を貼って過ごしました。

 学生時代の登山のトレーニングで腰を痛めて以来、何十年も腰痛と付き合ってきたので痛みにはある程度我慢が出来ますが、今回はゴルフスイングには無理なようで、来週のゴルフは辞退する事にしました。

 幹事長のE君に電話すると代役を探してくれるとの事。2月は会そのものが休みと決めているので、この後のゴルフはしばらくお休みです。新しい車が来てゴルフを再開する頃にはコロナはどうなっているのか・・・。    konakry





DSCF1032.JPG                    < シルクCC 8番H >