訃報、再び・・・
二年前父を見送ってからは、葬儀に来て下さった方々への答礼を欠かすまいと、新聞の訃報欄を見るようになりましたが、そこにゴルフ仲間のT君の記事を見付けてしまいました。
暫く前、T君が具合が悪くなり入院したと云う事を内緒話で聞きましたが、これほど急激に悪化するとは思ってもみませんでした。
T君は、ゴルフの時に高校同窓のH君から会社の後輩との事で紹介されて知り合いました。
その後何度か一緒にプレーしましたが、野球の出身者に共通する、ホームランのような豪快なショットと弾道が印象的でした。仕事はリタイアしましたが、県の野球連盟の役員をしているとの事で、相当野球に打ち込んでいた事が伺えました。
一緒にゴルフをしている内に意気投合し、酒を飲む事になりましたが、鶏肉の苦手な私に、豚肉を使った「焼き鳥屋」が有る事を教えてくれ、その店で一緒に呑んだのが一年程前でした。
アルコールも豪快な飲みっぷりで、ビール・日本酒・焼酎と何でもござれでした。知らない店を3軒も案内してくれ、その夜は夜半過ぎまで飲んだ事を覚えています。
その後はお互いのスケジュールが折り合わず、結局その夜が最初で最後の宴会と云う事になってしまいました。
通夜に参列する事にしました。
通夜の開始時刻の1時間前に家を出発しましたが、行って見ると 斎場のすぐ横の踏切が工事中で通行止めになっており、線路の直ぐ向こう側に目的地が見えるのに大きく迂回しなければならない羽目になってしまいました。間の悪い時には重なるもので、迂回した先は「開かずの踏切」で、夕方のラッシュと列車の本数が増える時間帯にぶつかり、通り抜けるのに一苦労で、普段15分で行ける場所が50分以上も掛かってしまいました。
ようやく斎場に着くと、二つの通夜が重なったため駐車場は満杯で、案内されたのは少し離れた結婚式場の駐車場でした。結局会場に着いた時には既に通夜が始まっていました。
故人の人徳か大勢の参列者で、中に入り切らない人がロビーに溢れていました。ロビーの喫茶コーナーの椅子を横向きに並べて臨時の席が作られ、その前に置かれた2台の大きなモニターが中の様子を映しています。そこに座っている人たちの後ろに行くと、最後列にH君が座っていました。昼間出先から電話で訃報を知らせてくれ、その時は通夜には間に合わないので告別式に出るとの事でしたが、どうやら間に合ったようでした。
モニターから聞こえる読経が止み、司会者が喪主の挨拶を告げていました。新聞では喪主は長男のY氏と書かれて有りましたが、40歳前後と思われる青年が画面に映し出されました。
流石に堪え切れず涙ながらの謝辞でしたが、自分の子供と重なるようで、切ない気持ちにさせられてしまいました。焼香の順番が来て式場に入ると、祭壇にはT君の写真と野球に因み菊の花でアレンジされたバット・ボール・グローブとベースが飾られていました。写真のT君は、ゴルフ場で朝出会った時に見せる表情そのもので、数か月ぶりの再会は、写真との対面となってしまいました。
焼香を終え外に出るとH君が待っていました。T君の入院を内緒話で教えてくれたH君に『早かったな・・。』と言うと『うん。予想以上に早くて驚いている・・。』と返って来ました。
ここ2カ月足らずの間に同窓のA君に加え今回のT君と、ゴルフ仲間が二人も亡くなってしまいました。『来週のコンペは二人の追悼かな・・?』『うん。寂しいゴルフだね・・。』
駐車場に向かう暗い道を歩いていると、前方のビルの上に、頭の欠けた月が冷たく光っているのが見えました・・・。 konakry
<晩秋の朝靄>
暫く前、T君が具合が悪くなり入院したと云う事を内緒話で聞きましたが、これほど急激に悪化するとは思ってもみませんでした。
T君は、ゴルフの時に高校同窓のH君から会社の後輩との事で紹介されて知り合いました。
その後何度か一緒にプレーしましたが、野球の出身者に共通する、ホームランのような豪快なショットと弾道が印象的でした。仕事はリタイアしましたが、県の野球連盟の役員をしているとの事で、相当野球に打ち込んでいた事が伺えました。
一緒にゴルフをしている内に意気投合し、酒を飲む事になりましたが、鶏肉の苦手な私に、豚肉を使った「焼き鳥屋」が有る事を教えてくれ、その店で一緒に呑んだのが一年程前でした。
アルコールも豪快な飲みっぷりで、ビール・日本酒・焼酎と何でもござれでした。知らない店を3軒も案内してくれ、その夜は夜半過ぎまで飲んだ事を覚えています。
その後はお互いのスケジュールが折り合わず、結局その夜が最初で最後の宴会と云う事になってしまいました。
通夜に参列する事にしました。
通夜の開始時刻の1時間前に家を出発しましたが、行って見ると 斎場のすぐ横の踏切が工事中で通行止めになっており、線路の直ぐ向こう側に目的地が見えるのに大きく迂回しなければならない羽目になってしまいました。間の悪い時には重なるもので、迂回した先は「開かずの踏切」で、夕方のラッシュと列車の本数が増える時間帯にぶつかり、通り抜けるのに一苦労で、普段15分で行ける場所が50分以上も掛かってしまいました。
ようやく斎場に着くと、二つの通夜が重なったため駐車場は満杯で、案内されたのは少し離れた結婚式場の駐車場でした。結局会場に着いた時には既に通夜が始まっていました。
故人の人徳か大勢の参列者で、中に入り切らない人がロビーに溢れていました。ロビーの喫茶コーナーの椅子を横向きに並べて臨時の席が作られ、その前に置かれた2台の大きなモニターが中の様子を映しています。そこに座っている人たちの後ろに行くと、最後列にH君が座っていました。昼間出先から電話で訃報を知らせてくれ、その時は通夜には間に合わないので告別式に出るとの事でしたが、どうやら間に合ったようでした。
モニターから聞こえる読経が止み、司会者が喪主の挨拶を告げていました。新聞では喪主は長男のY氏と書かれて有りましたが、40歳前後と思われる青年が画面に映し出されました。
流石に堪え切れず涙ながらの謝辞でしたが、自分の子供と重なるようで、切ない気持ちにさせられてしまいました。焼香の順番が来て式場に入ると、祭壇にはT君の写真と野球に因み菊の花でアレンジされたバット・ボール・グローブとベースが飾られていました。写真のT君は、ゴルフ場で朝出会った時に見せる表情そのもので、数か月ぶりの再会は、写真との対面となってしまいました。
焼香を終え外に出るとH君が待っていました。T君の入院を内緒話で教えてくれたH君に『早かったな・・。』と言うと『うん。予想以上に早くて驚いている・・。』と返って来ました。
ここ2カ月足らずの間に同窓のA君に加え今回のT君と、ゴルフ仲間が二人も亡くなってしまいました。『来週のコンペは二人の追悼かな・・?』『うん。寂しいゴルフだね・・。』
駐車場に向かう暗い道を歩いていると、前方のビルの上に、頭の欠けた月が冷たく光っているのが見えました・・・。 konakry
<晩秋の朝靄>

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