施食会(おせがき)・・・
本堂の中を大勢の僧侶が読経しながら回っています・・。
市内の各寺から招かれたようで、年回りも着ている衣の色も様々な20名を超える人数の僧侶が一堂に会した、滅多に見られない光景です。
徳川家重臣の藩主が15代に渡り祀られている曹洞宗の名刹「R院」は、我が家の菩提寺でもあります。経緯は不明ですが、祖母の奔走により他県出身の我が家が壇徒になれたようで、祖父母・叔父・両親が眠っています。
家名の墓碑の横に私の名前の墓碑が有り、小さい頃は墓参りの度に不思議な思いをしていましたが、叔父が戦死した後に生まれた私を、叔父を寵愛していた祖母が「生まれ変わり」と云う事で、叔父の名前を私に付けたようです・・。
遺族会の役員をしている現在、「戦没者」と「遺族」とが全く同じ名前なので、名簿の間違いなのでは・・と周囲が心配しますが、そんな経緯を説明し、納得して貰っています。
< 閑話休題 >
R院では年に一度、『施食会(施餓鬼)』と云う法要を行います。父親が亡くなった後、一回だけ参加した事が有りますが、今回は何故か殊勝な気持ちになり、案内を貰った時点でスケジュールに組み込んでいました。
最初に護持会の総会が有るので、開始15分前に行くと、本堂は既に9割方席が埋まっていました。一番奥の柱を背にする席が空いていてそこに座りました。見渡すと2百名を超える壇徒で席は埋まっていました。
受付時間が1時間も有ったのは、その間にプロジェクターで当市関連の「四公」と云われる藩主たちの歴史解説を行っていたのでした。定刻通り、護持会総会が始まりました。総会と云っても会計報告のみです。
渡された報告書を見ると、かなり高額な年会費と6百名を超える檀家数から、そこそこの会費収入が有りますが、支出の四分の一の「宗費」とほぼ同額の「火災保険料」で半分終わり、残りは修繕や清掃代で終わっています。
何年か前の時も驚きましたが、今回も次期繰越金は千円ちょっと・・。揚句に会費の値上げを提案されました。「宗費とは・・?」と質問をしようか等と思っている内に、『異議なし』の声で総会は終了してしまいました。
本堂の祭壇とは別に、入口近くに祭壇が設けられ、其れに向かって読経が始まりました。東西南北の他に中央に卒塔婆が建てられ、それらは大日如来を中心に、五つの仏を現しているとの事です。
渡されたパンフレットを読むと、「施食会(施餓鬼)」は文字通り餓鬼に飲食を供養する慈悲の法要で、先祖を供養するだけでなく、仏教の教えの六道の中で三悪道と呼ばれる苦しみの世界を彷徨うものを供養するとありました。
法要はクライマックスを迎え、全ての僧侶が読経しながら本堂の中をぐるぐるとまわり始めました。読経の声が次第に大きくなり、鼓鉢(くはつ)と呼ばれる鐘・太鼓・シンバルの音が最高潮に達し、突然止まりました。
一瞬の静寂の後『これにて施食会を終わります』の声。渡された卒塔婆を持って墓に行き、線香を上げました。初夏の日差しの中を、あちこちの墓からの線香の煙がゆっくりと立ち昇って行くのが見えました・・・。 konakry
< 雲の展覧会 >
市内の各寺から招かれたようで、年回りも着ている衣の色も様々な20名を超える人数の僧侶が一堂に会した、滅多に見られない光景です。
徳川家重臣の藩主が15代に渡り祀られている曹洞宗の名刹「R院」は、我が家の菩提寺でもあります。経緯は不明ですが、祖母の奔走により他県出身の我が家が壇徒になれたようで、祖父母・叔父・両親が眠っています。
家名の墓碑の横に私の名前の墓碑が有り、小さい頃は墓参りの度に不思議な思いをしていましたが、叔父が戦死した後に生まれた私を、叔父を寵愛していた祖母が「生まれ変わり」と云う事で、叔父の名前を私に付けたようです・・。
遺族会の役員をしている現在、「戦没者」と「遺族」とが全く同じ名前なので、名簿の間違いなのでは・・と周囲が心配しますが、そんな経緯を説明し、納得して貰っています。
< 閑話休題 >
R院では年に一度、『施食会(施餓鬼)』と云う法要を行います。父親が亡くなった後、一回だけ参加した事が有りますが、今回は何故か殊勝な気持ちになり、案内を貰った時点でスケジュールに組み込んでいました。
最初に護持会の総会が有るので、開始15分前に行くと、本堂は既に9割方席が埋まっていました。一番奥の柱を背にする席が空いていてそこに座りました。見渡すと2百名を超える壇徒で席は埋まっていました。
受付時間が1時間も有ったのは、その間にプロジェクターで当市関連の「四公」と云われる藩主たちの歴史解説を行っていたのでした。定刻通り、護持会総会が始まりました。総会と云っても会計報告のみです。
渡された報告書を見ると、かなり高額な年会費と6百名を超える檀家数から、そこそこの会費収入が有りますが、支出の四分の一の「宗費」とほぼ同額の「火災保険料」で半分終わり、残りは修繕や清掃代で終わっています。
何年か前の時も驚きましたが、今回も次期繰越金は千円ちょっと・・。揚句に会費の値上げを提案されました。「宗費とは・・?」と質問をしようか等と思っている内に、『異議なし』の声で総会は終了してしまいました。
本堂の祭壇とは別に、入口近くに祭壇が設けられ、其れに向かって読経が始まりました。東西南北の他に中央に卒塔婆が建てられ、それらは大日如来を中心に、五つの仏を現しているとの事です。
渡されたパンフレットを読むと、「施食会(施餓鬼)」は文字通り餓鬼に飲食を供養する慈悲の法要で、先祖を供養するだけでなく、仏教の教えの六道の中で三悪道と呼ばれる苦しみの世界を彷徨うものを供養するとありました。
法要はクライマックスを迎え、全ての僧侶が読経しながら本堂の中をぐるぐるとまわり始めました。読経の声が次第に大きくなり、鼓鉢(くはつ)と呼ばれる鐘・太鼓・シンバルの音が最高潮に達し、突然止まりました。
一瞬の静寂の後『これにて施食会を終わります』の声。渡された卒塔婆を持って墓に行き、線香を上げました。初夏の日差しの中を、あちこちの墓からの線香の煙がゆっくりと立ち昇って行くのが見えました・・・。 konakry
< 雲の展覧会 >

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