彼岸のお墓参り・・・
彼岸の入りです・・。
夜半に激しく降った雨は明け方には上がり、薄日ながら朝日が差しています。山では雨が雪になったようで、浅間山の白さが増していました・・。
暫く気温の上昇が続き、三日前には春を飛び越し「夏日」が出現するなどすっかり冬は何処かへ去った・・と思っていたら、昨日は気温が20度以上も急降下で冬に逆戻り・・。目まぐるしい変化に身体が翻弄されています。
それでも『暑さ寒さも・・』の言葉通り、季節は着実に変化をしています。朝が早く明ける・夕方も伸びた・太陽の位置が高い・・等、目に見える変化が時の流れを感じさせてくれます。特に春の「彼岸」は心を弾ませてくれます。
仏教の教えでは、彼岸の七日間の内六日間を悟りに達するための修行をし、中日には先祖に感謝する・・とありますが、修行はともかく、中日に先祖に感謝するという殊勝な気持ちは持っており、墓参りには欠かさず出掛けます。
お墓は市内に在り徳川幕府の重臣の墓も有る名刹で、他県出身のわが家が何故檀家になれたのかは良く分かりませんが、亡くなった父親の話では祖母の工作によるものとか・・墓に眠っているのは祖父母・父母・叔父の5人だけです。
妻の実家の墓は市の北部に在る墓地公園で、こちらも墓には妻の父母と幼くして亡くなった兄の3人だけ・・。どちらも『先祖代々の墓』と云う訳には行きませんが、妻と二人で両方の墓をお参りするのが習慣になっています。
R院は駐車場が狭く、入口の道路で待たされたり遠くの臨時駐車場へ案内される等が有ったため、数年前から墓参りは中日を止め、彼岸の入りに替えました。それでも今年は彼岸の入りから三連休になるためか、かなりの墓参者です。
墓参りの度に感じるのは、自分の名前が刻まれた墓石に手を合わせる奇妙な心持です。生まれた時の顔が戦死した叔父に良く似ていたという理由で、祖母から同じ名前を付けられてしまい、R院には叔父単独の墓石が作られました。
その後祖父母が亡くなり、父親が墓を改装した時にも叔父の墓石を残し二つの墓石が並びました。今は両親も亡くなり大きな墓石の方に入りましたが、墓参りの度に自分のフルネームが刻まれた墓石に手を合わせる奇妙さが続きます。
妻の実家の墓地はR院から10キロほど離れた場所で、行くまで30分近いドライブが楽しめます。市が開設した都市公園墓地で4百メートル近い標高のため、市街地と背後の秩父連山や西上州の山々が一望できる素晴らしい眺望です。
墓参の後、妻が『そろそろ水芭蕉が咲いているのでは・・』と言うので、墓地から公園入口に車を移動し見学に出掛けました。55ヘクタールと云う広大な公園は、赤城山南麓の自然をそのまま生かした里山のような趣です。
「水芭蕉」の案内板に導かれ坂道を登って行くと、枝ばかりとなった雑木林の中の細い道は、落ち葉が茶色の絨毯のように続き、まるで里山の道を歩いているような心地良さです。右手の土手下からはせせらぎが聞こえて来ます。
目に飛び込んで来たのは、小川のほとりを埋めるおびただしい緑の中にポツポツと真っ白な花を咲かせた水芭蕉の群生です。殊勝な心持に応えてくれた季節の贈り物を堪能しながら、「里山歩き」を愉しみました・・・。 konakry
< 山はまだ冬 >
夜半に激しく降った雨は明け方には上がり、薄日ながら朝日が差しています。山では雨が雪になったようで、浅間山の白さが増していました・・。
暫く気温の上昇が続き、三日前には春を飛び越し「夏日」が出現するなどすっかり冬は何処かへ去った・・と思っていたら、昨日は気温が20度以上も急降下で冬に逆戻り・・。目まぐるしい変化に身体が翻弄されています。
それでも『暑さ寒さも・・』の言葉通り、季節は着実に変化をしています。朝が早く明ける・夕方も伸びた・太陽の位置が高い・・等、目に見える変化が時の流れを感じさせてくれます。特に春の「彼岸」は心を弾ませてくれます。
仏教の教えでは、彼岸の七日間の内六日間を悟りに達するための修行をし、中日には先祖に感謝する・・とありますが、修行はともかく、中日に先祖に感謝するという殊勝な気持ちは持っており、墓参りには欠かさず出掛けます。
お墓は市内に在り徳川幕府の重臣の墓も有る名刹で、他県出身のわが家が何故檀家になれたのかは良く分かりませんが、亡くなった父親の話では祖母の工作によるものとか・・墓に眠っているのは祖父母・父母・叔父の5人だけです。
妻の実家の墓は市の北部に在る墓地公園で、こちらも墓には妻の父母と幼くして亡くなった兄の3人だけ・・。どちらも『先祖代々の墓』と云う訳には行きませんが、妻と二人で両方の墓をお参りするのが習慣になっています。
R院は駐車場が狭く、入口の道路で待たされたり遠くの臨時駐車場へ案内される等が有ったため、数年前から墓参りは中日を止め、彼岸の入りに替えました。それでも今年は彼岸の入りから三連休になるためか、かなりの墓参者です。
墓参りの度に感じるのは、自分の名前が刻まれた墓石に手を合わせる奇妙な心持です。生まれた時の顔が戦死した叔父に良く似ていたという理由で、祖母から同じ名前を付けられてしまい、R院には叔父単独の墓石が作られました。
その後祖父母が亡くなり、父親が墓を改装した時にも叔父の墓石を残し二つの墓石が並びました。今は両親も亡くなり大きな墓石の方に入りましたが、墓参りの度に自分のフルネームが刻まれた墓石に手を合わせる奇妙さが続きます。
妻の実家の墓地はR院から10キロほど離れた場所で、行くまで30分近いドライブが楽しめます。市が開設した都市公園墓地で4百メートル近い標高のため、市街地と背後の秩父連山や西上州の山々が一望できる素晴らしい眺望です。
墓参の後、妻が『そろそろ水芭蕉が咲いているのでは・・』と言うので、墓地から公園入口に車を移動し見学に出掛けました。55ヘクタールと云う広大な公園は、赤城山南麓の自然をそのまま生かした里山のような趣です。
「水芭蕉」の案内板に導かれ坂道を登って行くと、枝ばかりとなった雑木林の中の細い道は、落ち葉が茶色の絨毯のように続き、まるで里山の道を歩いているような心地良さです。右手の土手下からはせせらぎが聞こえて来ます。
目に飛び込んで来たのは、小川のほとりを埋めるおびただしい緑の中にポツポツと真っ白な花を咲かせた水芭蕉の群生です。殊勝な心持に応えてくれた季節の贈り物を堪能しながら、「里山歩き」を愉しみました・・・。 konakry
< 山はまだ冬 >
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