極楽ゴルフ・夏版・・・


 暫く振りの開催です・・。
気の置けない仲間、O・S・Y君とのゴルフを年に数回行っていますが、全くストレスの掛からない愉しいゴルフが出来る顔ぶれで、密かに『極楽ゴルフ』と名付けています。私が幹事役で、毎回皆の行った事の無いゴルフ場を捜して行います。

 今回の会場は「Sゴルフ倶楽部」。県中央部の子持山の南麓に在るゴルフ場で、開場から30年足らずと比較的新しく、非常にオーソドックスな作りは、設計監修に当たったSプロの性格が表れているような感じです。

 フロントからロッカールムに続く円形の廊下には絵が飾られ、その落ち着いた雰囲気がゴルフ場には珍しく、気に入っています。9時過ぎの遅いスタートですが、コンペでも有るのか練習グリーンにはかなりの人が居ました。

 抽選の結果私がオナーで、やや不完全燃焼のティーショットはフェアウエイ右サイドのラフにボールが止まりました。ほかの皆さんは、思わず「ホォー・・!」と声を出してしまうほど、それぞれが素晴らしいティーショットです。全員まずまずの出来栄えで気分の良いスタートを切りました。愉しい一日になりそうです・・。

 「七色のスイング」と名付けさせて貰ったO君は、あらゆるヒントを直ぐに実践する研究家で、今回はまた新しいヒントが有ったらしく、何か呟きながら、しきりにバックスイングのチェックをしていました。クラブコレクターのY君はスイングはいつも通りの「左一軸打法」ですがインパクトの音が違い、飛距離もかなり出ています。

 豪打で定評のあるS君は昨年は悩んでいましたが、復調したようで、ややドロー系の鋭い球筋で、四人の中では最大の飛距離を出しています。飛距離では一番遅れをとってしまった私ですが、何とかグリーン奥に2オンしました。

 ゴルフとは面白いもので、四人四様の途中経過は各自の反省材料で、上がったスコアが全体の評価になりますが、パーで上がったS君以外は全員がボギーで、わずか一打の差ながら、その内容においては各自悲喜交々の経過が有ります。

2オンしながら3パットしてしまった私・・。2打目が僅かに届かずエッジから寄せて1パットのS君。2打目・3打目が失敗したものの4打目が寄ったO君。3オンしてパーパットが微妙に外れたY君。差は1打ですが内容は千差万別です。

 Y君に『またクラブを代えたの・・?』と尋ねると、笑いながら見せてくれたのはK社製のドライバーでした。これで何本目なのか、正にコレクターです。O君に今回のスイングを尋ねると『バックスウイングを大きく引く』がテーマとか・・。

 S君は絶好調のようで、殆どミスも無く、一人ハイスコアへの道を進んでいるようです。途中で大きく曲げOBゾーンに向かったボールが木に当たり戻って来ると云うラッキーも有り、正に「S君デー」の様相です。

 週間天気予報では明日から雨になるようですが、そんな気配は全く感じられないほどの素晴らしい天気です。今日の日程を決めたのは一か月半以上も前でしたが、絶妙のタイミングの好天は、一体誰の心掛けのお蔭か・・と話題になりました。

 ゴルフは「気持ちのスポーツ」等と言われますが、良く整備されているが故に難しいグリーンに全員が苦戦し、3パットが続出です。そんな中で打った直後から入るのが分かるような5メートル近いロングパットをO君が決めました・・!

 『何も考えずストレスが無かった・・』とO君。パットだけでなく、ゴルフ全体がそうした楽しい仲間と出来る事が最高で、それこそが「極楽ゴルフ」極みと言えます。爽やかな風が吹く高原のゴルフ場に笑い声と快音が響きます・・・。        Konakry


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          < 白水GCから水沢山を望む >

復活「S会」・・・


 まだ明るい夕刻6時過ぎ・・。
K君の営む蕎麦店の入口に立つと、開いている引き戸の向こうからざわめきが聞こえて来ます。暖簾をくぐると見慣れた顔が一斉にこちらを向きました。

 数日前、A君から届いたメールには「K君が退院したのでS会を再開する・・」と有りました。昨年末以来の久々の会合です。更にメールには「料理はこちらで調達する・・」とあり、K君はアルコールの用意と場所を提供するだけのようです・・。

 私が一番最後だったようで、奥のテーブルにはO・T・M・H君と云ったおなじみの顔が、既にアルコールが十分に回ったようなご機嫌な顔を見せ、手前のテーブルにはH・N君等が話し込んでいます。A君は甲斐甲斐しく飲み物を運んでいました。

 テーブルの上には刺身・煮物・揚げ物・・と、これまでと変わらぬ料理が並んでいます。A君とのメールのやり取りでは、参加者が分担してつまみ類を持ち寄るようなニュアンスの話だったので、どうやって調達したのかとびっくりしました。

 調理場の中には亭主K君が飲み物を並べ、奥の方で見慣れぬ後姿が何かを小鉢へ盛り付けています。誰か調理人でも頼んだかと思って見ていたら振り返ったのはAm君です。モツ煮を作って持って来てくれたとの事でした。

 乾杯の前にA君が司会をしてK君と、たまたま同時期に退院をしたH君の二人に近況報告をするよう促すと、両君のスピーチが始まりました。それぞれ場所は違うものの手術により重篤な状態から生還出来た事に対し、皆から大きな拍手が起きました。

 目の前のH君、病状からものが食べられず、水を飲んでの参加です。それでも週2回以上のペースでゴルフをやっているとの事で、日焼けで真っ黒な顔は増々精悍な面持ちになり、白い顎鬚も伸びてまるで「ゴルフの神様」が座っているような感じです。

 後半から参加したS君を含め16名の気の置けない仲間は、それぞれの話題に没頭し、全体としては凄い盛り上がりです。最初は隣同士で話をしていましたが、暫くするとグラスを持って移動したり、酒瓶を持って注いで回ります。

  ビールを注ぎに来たM君は、カミキリムシのコレクターで、山中で道に迷って一昼夜を過ごし、新聞沙汰になった経歴が有ります。先月登った浅間隠山が共通話題で互いに盛り上がりましたが、登山と虫探しでは同じ山でも全く違った場所を歩くようです。

 Ns君は時々しか姿を見せませんが、ジャズが好きな事が共通項で、今回もモダンジャズの名曲の話題で盛り上がりました。暫く前にリタイアしたのですが「引きこもり」の様子で「公民館デビュー」を勧めていますが、頑強に抵抗しています。

 A君に料理の調達を尋ねると、同窓会のコンペ等の後に時々利用する「K」のママに頼んで出前をして貰ったとの事・・。どうりで煮物や魚の揚げ物の味に何となく覚えが有る感じでした。相変わらず政治力を発揮しているA君です。

 今回は出ない筈の「〆の蕎麦」が出ましたが変わらぬ味で、K君に『打ったの?』と聞くと、『指先の感じが今一つ・・』と職人の答えが返って来ます。『蕎麦もタレも同じ味だよ・・』と言うと嬉しそうな笑顔を見せました・・。

 気が付くと時刻は午後9時を回っています。誰もが久々の会合に喜び、話は尽きそうも有りませんが、N君の迎えの車が来たのを潮にお開きとなりました。いつものようにA君が二次会の参加者を募り始めました・・・。              Konakry




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          < 初夏の八ヶ岳 >

黄昏のサイクリング・・・


 強風が続きます・・。
未だに北方寒気団が居座ると云うおかしな天気が続き、この季節としては珍しい北寄りの強風が三日も続いています。夕方には風も収まるだろうと思っていたのですが・・。

 一ヶ月ほど前に自転車を買い替えました。自転車のサークルに参加してママチャリからMTBにグレードアップしましたが、ギアが壊れ交換し、ブレーキを始めあちこちに不具合が出るようになり、気が付くとタイヤはトレッドが殆ど無くなっていました。

 部品交換をしてオーバーホールして・・と思っていたのですが、その費用を考えたらいっその事買い替えた方が・・と、またぞろ「バブル意識」が頭をもたげて来ました。早速専門店の隣市に在るAサイクルへと妻の車で向かいました。

 専門店の豊富な品揃えに目移りがしますが、親切な店員のアドバイスも有り、G社製の26インチホイールで21段変速のMTBに決めました。早速調整をして貰い、家まで乗って帰ります。嬉しさも有り夢中でペダルを漕ぎ、30分で家に着きました。

 その数日後、ギックリ腰になってしまい、自転車はカバーが掛かったまま1ヶ月が経過してしまいました。身体も回復しそろそろ乗ろうと思っていた矢先の3日間の強風にしびれを切らし、夕方には止むと云う目論見で乗り出しました・・。

 時刻は午後4時を回り、風は日中に比べ多少は弱まったものの、依然としてかなりの強さで吹いています。帰りに送り風で楽が出来るようにと、北西方向に向かいました。15分ほどで利根川に架かるN大橋に着きました。かなりのスピードです。

 橋を渡り終える頃、前方の歩道を道幅一杯に蛇行しながら高齢者の運転する電動カーがやって来るのが見えました。すれ違うには自転車を下りて避けなければならず、面倒になり左折して利根川CRに降りてしまいました。予定外の変更です。

 利根川の右岸を南下する自転車専用道路は送り風となり、どんどんスピードが上がります。県境の橋までの里程標がみるみる減って6キロほど過ぎました。次のS橋を通過し、高速道路が並走するY橋が見えて来ました。まだ家を出て40分ほどです。

 このまま進めば次は隣町のF橋で、そうなると帰りは完全にアゲインストの風の中を戻らねばなりません。その時突然近々会合が有るA倶楽部の事を思い出しました。渡された地図を思い出すと、ここからはそう遠くない筈で行って見る事にしました。

 方角的には合っているようですが、なかなかそれらしき建物は見つかりません。おまけに工業団地の中で見通しが利かず、次の角に出るまでは工場一つ分を走らねばならず苦戦です。結局見つからず、後で分かったのは直ぐ傍まで行っていた事でした。

 30分近いロスタイムが有り、大分傾いた陽に里心が付き家に戻る事にしました。Y橋の歩道階段を自転車を押して登り側道に出ました。たちまち真正面からの強風の洗礼を受けましたが、同時に素晴らしい景観も出現しました。

 夕陽を浴び陰影の深まった赤城山が長い裾野を強調して左右に広がり、左手にはシルエットになり始めた榛名の峰々が稜線を光らせて連なります。雪解けのためか、水量の豊かな利根川は存在感を増していました。

 県道に続くY橋の側道が唯一の下りで、後は完全なアゲインストの強風の中を北上します。21段変速の威力が発揮され、シフトチェンジを繰り返しながら走行を楽しみました。左手の空には燃えるような夕焼けが広がっていました・・・。       konakry




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              < 夕映え >

下見登山(八間山)・・・(2)


 八間山(1934.5メートル)・群馬百名山の一つ・・。
山頂は前回と変わらぬ佇まいですが、景色の見え方は大分違います。北側のまだ雪の残る堂岩山や白砂山は明瞭ですが、赤城・榛名山辺りからは霞んでいます。

 2千メートル近い高さでもこの時期の天候は眺望をかなり妨げており、南側は富士山どころか秩父連山も見えません。浅間山や白根山も希薄で、唯一明瞭なのは雪を被った岩菅山や烏帽子岳等の志賀高原の山々だけです。

 それでも登頂した達成感は変わらず、眺望はあくまでも副次的なものである事が分かります。頂上には数組の登山者が休憩していました。皆さん白砂山からの帰りで、早朝から登山を開始したとの事、昼近い出発だった事を反省させられます。

 嘗ては早出をして午前中には登山を終えるのが普通でしたが、日光白根山を最後に何故か出足が鈍くなり、嵩山の時などは初冬の夕暮れの下山となってしまい、山の特性も手伝って、ちょっと怖い思いをした事がありました。

 昼食休憩を30分で切り上げ下山に掛かります。今回は縦走で湖の北端に在るキャンプ場の方に下ります。更に下り切った池の峠駐車場から車が置いて有る富士見峠まで湖畔を縦断して戻らねばならず、余分に3,40分間歩かなければなりません。

 歩き始めると直ぐに分岐点が有り、道標に従い左のキャンプ場方面へと下ります。最初の100メートルほどは「こちらから登らなくて良かった・・」と思うような急斜面で、足場も悪いガレ道が続きます。足元を選びながら慎重に下ります。

 直近のネット情報にも有ったように、融け掛けてはいますが大きな残雪の塊が道を塞いでいます。30分ほどで難所は終わり、傾斜も緩んだ静かな樹林の道に変わりました。時折聞こえる鳥の囀りに癒され、歩行も軽やかになります。

 やがて「野反湖見晴」の標柱が現れました。「見晴」と云う割にはそれほど眺望は良くは有りませんが、梢越に青い湖面が見えます。下りの行程のほぼ半分は過ぎた事になり、GPSで確認すると頂上から250メートル以上も下っていました。

 次に現れたのは、まるで水たまりのような小さな池で、これが「池の峠」の名前の由ではないかと勝手に想像します。蛙の鳴き声が急に大きくなった池の縁を回り込むと「茅の尾根」の標柱が現れ、間もなく「池の峠」で有る事が分かります。

 山頂から1時間20分で「池の峠登山口」の駐車場に着きました。今回も標準タイムを上回り、下りに関しては何処の山でも力を発揮出来ます。本来ならここで登山は終了ですが、車の有る富士見峠までの道のりが残っています。

 車道を横切り、湖畔への道を下ると急に視界が開け、午後の日差しに輝く野反湖が眼前に広がります。遥か彼方に弁天山が見え、その麓の湖岸にはこれから向かう休憩舎の建物が豆粒のように小さく見えています。左手に八間山の全容が見えて来ました。

 それにしても白樺の多い山です。上に行くほど小さく密集した白樺が西日に照らされ、山全体が白く見えます。その時突然妻が『イカだ・・!』と叫びました。言われる通り山全体がまるで白いスルメイカが横たわっているように見えるのです・・。

 『八間山は巨大なイカの山』・・地名の「イカの肩」や「イカの頭」の謎が解けたような気がして、二人で大笑いです。お蔭で疲労で萎えかけた気持ちが元気付けられました。見上げると土手の上の休憩舎が大分大きくなっていました・・・。    Konakry


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            < 野反湖の貴婦人 >

下見登山(八間山)・・・(1)


 催行日まで半月を切りました・・。
今年は例年に比べ雪が多く、他の山に登る度に双眼鏡で観察すると稜線部分にはかなりの残雪が有るのが見え、 融けるのを待っていたのですが・・。

 数日続いた異常な暑さでかなり雪解けも進んだものと思われ、更にようやく巡って来た好天のサイクルが終わらぬ内にと、下見に出かける事にしました。Y会の皆さん20数名を案内して野反湖八間山への登山が近づいています。

 当日の行動計画に沿って午前7時過ぎ、家を出発しました。吾妻地方は高速道路が無く市街地の通勤ラッシュを如何に回避するかがカギとなります。前橋市内は上手く抜けられたものの、渋川バイパスで渋滞に巻き込まれてしまいました。

 中之条バイパスを過ぎる辺りから車は少なくなり、建設中の八ッ場ダムのお蔭で整備された道路は快適です。長野原を過ぎ六合村に入ると白砂渓谷沿いの国道405号線は緑のトンネルに変わります。正に「青紅葉」一色です。

 最後の坂を上り切ると半年ぶりの野反湖が変わらぬ青い湖面を見せ出迎えてくれます。山腹の沢や湖岸のあちこちには雪が残っています。駐車場に入ると大きな雪田で半分近くが覆われ、既に十数台の車が停まっていました。

 催行時は富士見峠登山口から八間山に登り、キャンプ場の有る池の峠登山口へ下りる縦走コースのため、バスを移動して下山口に待機して貰う予定で、まず池の峠の駐車場を確認に向かいました。車で10分足らずの距離です。

 結局身支度を終え歩き始めた時には11時になっていました。登山道はかなりの人ですが、皆さん軽装です。登り口から100メートルほど進んだ所で左側の脇道に入って行きます。「シラネアオイ」の群生地がお目当てのようです。

 花の好きな妻は迷わず左に曲がって行きました。植物に疎い私としてはパスしたい所ですがそうも行かず追随します。可憐な薄紫の花弁は確かに癒される美しさでした。再び登山道に戻ると他に登山者は誰も居ませんでした。

 明るく開けた尾根道は傾斜はキツイものの足元はしっかりしていて歩き易い道です。着実に高度が稼げるため、振り返ると富士見峠の休憩舎や駐車場が小さく見えていました。斜面を登って来る風が心地よく、立ち止まると汗が引いてゆきます。

 八間山には何故か海産物の名前が多く、例えば登りの最初のピークは「イカ岩の肩」と呼ばれ、中間点を過ぎると現れるのは「イカ岩の頭(1828メートル)」でまるで山全体が巨大なスルメイカでもあるかのような感じがします。

 湖を挟んだ対岸には「エビ山」が在り、山と海との結びつきが今一つ分かりません。「イカ岩の頭」から見上げると最後の稜線が続き、遥か上方に『貴婦人』が見えて来ました。熊笹の斜面の最上部に一本だけ立っている白樺の事です。

 前回来た時に、姿が奥日光小田代ヶ原の貴婦人と呼ばれる白樺にそっくりだったので勝手にそう命名しましたが、白樺は頂上直下の肩にあたる場所に在るため、登りながら見上げる度にその姿がどんどん大きくなり、励みになります。

 30分程して白樺の下に着きました。最初親指位だったものが、近くで見ると巨木です。登ったと云う達成感がより助長されます。右側が切れ落ちた細い道に変わりますが、ツツジの枝が目隠しをしてくれています。頂上はもう直ぐです・・・。 <続く>  konakry


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             < 初夏の野反湖 > 

終活・・・


 『終活』・・人生の締め括りまでにして置くべき仕事・・。
若い人なら『就活』ですが、高齢者が3千5百万人弱・人口の27
パーセント以上を占める現在、こちらの知名度も高くなりつつあり
ます。2012年流行語大賞のトップテンにも選ばれました。

 我が国は社会環境の変化と共に長寿化・高齢化が進み,平均
寿命においては男女とも80歳を超え、女性は世界第2位・男性
は第3位の長寿大国になりました。統計上の話では、2030年に
は三人に一人は高齢者(65歳以上)になるとの事です。

 他方では「高齢者」の定義にも問題が有り、体力的には実年齢
の10歳減または一割減に若返っていると言われている現在、何
歳からを高齢者と呼べば良いか・・と云う問題も起きています。
しばらく前に見た新聞の記事に面白い考察が載っていました。

 男女の寿命差の原因の一つとして「環境への適応力」の違いが
挙げられ、就労により組織と肩書に守られていた男は、それが無
くなった途端に孤立し、周囲の環境に溶け込めず途方に暮れて
しまう・・と云うもので、確かに頷ける面が有ります。

 最近では寿命に関してはWHOが提唱した「健康寿命」の方が
重要視され始めています。自身の力だけで人生を全うできれば、
こんな素晴らしい事はありませんが、いずれは誰かの世話にな
らなければならず、そのためにも『終活』は必要なのです・・。

 終活の主なものとしては「自分の荷物を片付けておく」・「財産や
相続をまとめておく」・「お墓を探しておく」・「お葬式を決めておく」
・「エンディングノートをまとめる」等々の課題がありますが、それ
らを具体的に取り組み明確にして置く事が重要なようです。

 「片付ける」と云う事は使わなくなった物を「捨てる」という事です
が、この「捨てる」がなかなか難しい事で、「いつかまた必要にな
る・・」と思って持っていても、その「いつか」は殆どありません。
着なくなった服を思い切って捨てたらクローゼットが空きました。

 物の次に処理に困るのは写真です。父の遺品の膨大なアルバ
ムを整理している時に、知っている人が一人も居ないアルバムを
何冊も見ました。以降自分の写真はプリントせず、メディアで保管
し、パソコン内に整理されたアルバムを見る事で代用しています。

 「財産や相続」に関しては税金が掛かるほどの財産を持ってい
ないので心配していませんが、沢山財産の有る人は、遺言状等
を作り、相続を明確にしておかないと、とんでもない骨肉の争い
が起こります。残念ながら実例をいくつも見ています・・。

 「お墓」に関しては祖父母以来の墓が有り、全く心配有りません
が、寧ろ今後の維持管理が問題です。当面孫の代までは何とか
なりそうですが、その後はどうなるのか・・。世の中全体に維持管
理や墓そのものの在り方が大きな問題となっています。

 十数年前、K市に勤務していた時に大きな葬儀が有り、ジャズ
が好きだった故人のためにゆかりのバンドがコルトレーンの「バ
ラード」を演奏したのを聴いて感動した事がありました。以降、自
分の葬儀もそうしようと思い、CDを用意し妻に伝えています。

 所が、最近ステージでバンドをバックに歌う機会が有り、その時
の映像をDVDに編集したら、なかなかのものに仕上がりました。
最近の葬儀は開式の前に『思い出コーナー』と称してBGM入り
のスライドを流しますが、それに使う事にしました。

 ちょうどそこへ息子がやって来て、持って来てくれたのは「エン
ディングノート」・・!これで当面必要なものは揃いましたが、その
話を知り合いのSさんにすると、『用意の良い人ほど長生きしま
すよ・・』と言ってくれました・・・。            konakry




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               < 残 照 >









 

 






 

リハビリ登山(鍋割山南面)・・・(2)


 ガレ場の岩は、一つ一つがかなりの大きさです・・。
所々にはどうして出来たかと思えるような巨岩が点在し、ロープ
が添えられたルートは明確なものの、スタンスの取り方が難しく
苦戦を強いられます。

 振り返ると妻の表情も「杖の神峠」を思い出させる厳しさを見せ
ており、難渋している事が分かります。南面コースの「知られざる
難点」はこのガレ場に有ったようです。登り切るのにかなりの時間
を費やしてしまいました。

 ようやくガレ場を脱出すると頂上直下の樹林帯に出ました。思
わず『極楽の森』と名付けてしまったほどで、樹林の中を平坦な
道が続きます。鳥の囀りも聞こえ、数分前と比べたら、正に地獄
から極楽へ変わったような変化です。

 樹林帯が終わると明るい斜面に出ました。金色に輝く笹原の
真ん中に、頂上へ向かう木段が、まるで「天国への階段」のよう
にどこまでも真っ直ぐに伸びています。段数を数える気力もそが
れる程延々と続きますが、歩幅に合った作りなのが救いです。

 頂上広場は予想を超える登山者で埋まっていました。殆どが
荒山高原からの人たちで、南面に下って行く姿を見かけません
。少し下った斜面にシートを広げ昼食にしました。予想した通り、
景色は霞んでいて遥か南方に積乱雲が見えるだけです。

 双眼鏡を使って霞の中の県庁舎をようやく見つけましたが、肝
心の我が家はどの辺りなのかは全く分かりません。景色は諦め、
爽やかな南風の中、ザックを枕に昼寝を堪能しました。気が付く
と1時間近くが経過し、誰も居なくなっていました。

 下りはあっという間で、10分足らずで「極楽の森」を通過しガレ
場の上部に着きました。ガレ場は下りになっても容赦はしてくれ
ず、場所によってはルート取りを登りの時とは変えなければなら
ないような事もあり、相変わらずの手強さです。

 暫く進むと登って来る女性と出会いました。「山ガール」とはほ
ど遠い年配ですが、しっかりとした装備で山のベテランの感じで
す。挨拶を交わすとこれから頂上を目指すとの事でした。振り返
るとあっという間にかなり上まで登っていました。

 登りの時と同じような苦戦をして2段のガレ場を下りきると鍋割
高原です。午後の陽を浴びて金色に輝く笹原に点在するヤマツ
ツジは目を癒してくれ、爽やかな風に汗が引いてゆきます。一息
入れ最後のガレ場に向かいました。

 降り始めて暫くすると背後に人の気配がして、振り返ると途中
ですれ違った女性でした。『上まで行って来ましたよ・・』と言いな
がら追い越して行きます。『えぇー?』と思いましたが、ガレ場を
駆け下りて行くスピードを見ると納得です。

 九十九折の樹林の道を下って行くと草刈り機の音が次第に大
きくなって来ました。樹木が切れた左手の斜面には5,6名の作
業者が等間隔に並びながら斜面の下草を刈っています。遥か下
から始めた作業は登山道近くまで完了していました。

 登山口へ続く階段を下りながら、振り返ると手前の樹林の上
に獅子が鼻辺りの稜線が見えました。リハビリの「軽登山」の目
論見は外れましたが、無事の下山に感謝しつつ林道を駐車場
に向かうと前方から人がやって来ます・・。

 声を掛けて来たのは正真正銘の「山ガール」3名で、登山道
の入口を尋ねられました。これから登るとの事で、「大丈夫?」
と言おうとしましたが若さに圧倒され見送りました。彼女らの無
事を祈りつつ、帰路に就きました・・・。       konakry


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            < 初夏の鍋割山 >
          

リハビリ登山(鍋割山南面)・・・(1)


 急に細くなった道は、緩やかな弧を描き上って行きます・・。
両側の雑木林の若葉が鮮やかさを増し、目に沁みこむ新緑の心
地よさが、初めての道への不安感を和らげてくれます。10分ほど
走ると林道に突き当たり、左折した先が登山道の入口です。

 養生のお蔭でギックリ腰はほぼ回復。リハビリの先生からもスト
レッチと併せて軽い運動を積極的にするように言われ、更に来月
はY会の皆さんを八間山に案内しなければなりません。リハビリ
を兼ねた軽い登山をする事にしました。

 赤城鍋割山は毎日見ている馴染の山で、これまで何度も登っ
ています。家から最も近い登山口までは車で40分ほどで行け、
ルートも頂上までが最短である南面登山口から登る事にしまし
た。リハビリに最適な軽い登山の筈でしたが・・。

 実は南面から登るのは初めてで、これまでも頂上で直ぐ下に
在る「赤城青年の家」から登って来る中学生の集団に何度も出
会っているため、中学生の遠足に使う短かくて楽なコース・・と
勝手に思い込んでいました。

 登山道入口の林道は路肩に駐車された車で埋まっていました
が、200メートルほど進んだ駐車場には一台停まっているだけ
で一安心。早速身支度を整え出発です。GPSでは頂上まで1.7
キロですが標高差は500メートル以上有ります。

 目の前に新緑の樹林が広がり、鳥の囀りに混じってチエンソ
ーの音が聞こえる景色は好天に後押しされ、快適な登山が期
待されます。傾斜はキツイものの快適な樹林の道が続き、何度
か九十九折を曲がった後から様相が変わります。

 赤城山特有のガレ場が始まりました。他のピークでも必ず出て
来るガレ場ですが、ここは岩自体大きく段差も有り、難儀な道で
す。嫌になる前に終わり、鍋割高原で一息入れていると、下の
方から人声が聞こえて来ました。

 樹林から飛び出して来たのは紺のジャージーの集団で、林間
学校の中学生のようです。道を開けてやり声を掛けると、隣県
A市の中学生で有る事が分かりました。総勢80名を超える集団
で、挨拶に応えるのも疲れる程の行列が続きます。

暫くして遅れて来た最後尾の集団が通過したので、こちらも出
発しようとしたら、先頭にいた先生が戻って来て頂上までの所要
時間を訊かれました。GPSの残り距離を教えると、昼食時間ま
でに戻るため、ここで引き返すとの事でした。

 結局集団を先に行かせ、更に下るためにも道を開けてやり待
っていたので、30分近い時間が経過してしまいました。ようやく
静寂を取り戻した高原を10分ほど歩くと再び樹林の中へと道は
変わり、第二のガレ場が始まりました。

 GPSの地図上では水平距離は200メートルほどですが、標
高差は150メートル以上有り、特に二つに分かれた後段部分は
100メートルの距離を100メートル上る急斜面で、難渋しそうな
予感がしました・・・。  < 続く >           konakry
         



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                < 鍋割高原 >

養生の日々・・・


 ギックリ腰で全治まで7日間の安静と診断されました・・。
そのせいで当面のスケジュールは全てキャンセルせざるを得ま
せんでした。バンドの練習・同窓会・ゴルフコンペ・会議・サイクリ
ング・・様々な催しがお詫びとお願いと共に消えて行きます。

 唯一の行動がリハビリに通う事です。発症の翌朝、一番で駆け
込んだA診療所は整形外科の他にリハビリテーション科を備えた
病院で、数年前、膝を痛めた時に初めてお世話になりました。
印象はあまり良くなかったのですが、効果は絶大でした。

 当時、数十年振りにボウリングをする機会が出来、図らずもボ
ールまで作って貰えた嬉しさで、しばらくの間夢中になってしまい
ました。「昔取った杵柄」で毎回5,6ゲームを数日置きに二ヶ月
程続けた結果、右膝を痛めてしまいました。

 階段昇降はおろか通常の歩行まで困難となり、その時に受診
したのがA診療所でした。担当した若い先生は、私の脚を見るな
り『立派な脚ですね・・』と言ってくれましたが、後で分かったのは
褒め言葉では無く、「見かけ倒し」の意味だったようです・・。

 大腿筋や下腿筋は人並み以上の発達ですが、それらを支える
膝の関節や腱の柔軟性が皆無に等しい・・と云う事のようで、スト
レッチを処方され毎日行うよう言われました。半信半疑で続けま
したが、何と3か月ほどで完治したのです。

 その時の事を思い出しA診療所を再び受診しました。
今度の担当は中年の医師で、まず症状の質問をした後、レント
ゲン写真を撮り、画像を見ながら説明をしてくれました。画像は
脊椎の曲がり具合や椎間板の劣化等、老化現象が顕著です。

 当面の処置として鎮痛剤と湿布薬を渡され、痛みが薄らいだ
らリハビリを受けるように言われ放免となりました。
薬と安静のお陰で三日後には痛みも殆ど無くなり、リハビリを受
けるためA診療所を訪れました。

 リハビリ専用の待合室には老若男女、かなりの人数が待って
いました。名前を呼ばれ中に入ると広いホールのような部屋の
中には畳3畳ほどの台が幾つも置かれ、様々な補助具や機材
があちこちに置かれています。数名の患者が歩いていました。

 担当してくれたのはまだ若い理学療法士のHさんで、俳優の
Oに似たイケメンの青年です。最初に経緯を訊かれ、次に壁に
向かって数メートルを歩くように言われました。歩行の状態を見
て何かをチェックしているようです。

 片足立ちや前屈をさせられ、背骨や骨盤を触っては何かを書
き込んでいましたが、『これがリハビリ計画です・・』と細かく書き
込みがされたシートを見せてくれました。そして笑いながら『身体
が固いですね・・』と、本人も気にしている事が指摘されました。

 仰向けに寝て片足を直角に上げ、足の裏にタオルを掛けて引
っ張る・うつ伏せになり曲げた足首にタオルを掛け引っ張る・膝
を立てた上に反対側の足を乗せ横に押す・・この三つの動作を
左右、20秒ずつ行う・・これがメニューでした。

 最初は痛みを恐れコワゴワ始めましたが、腰が痛む事も無く、
寧ろ体側が伸ばされ気持ち良い位です。その他の柔軟体操や
いろいろなアドバイスを受け、1時間ほどでリハビリは終了。
腰が軽くなり、身体の柔軟性も増したような気がしました。

 リハビリ以外は昼間の行動を慎まなければならず、気分転換
に机の上と引出しの整理を始めました。ほぼ一日掛けたらゴミ
袋一杯の不用品が出て来ました。お陰で収納スペースが大幅
増加、さて明日は何をしようか・・と思案中です・・・。 konakry




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             < 午後の雑木林 >                           


ギックリ腰・・・

 
 背骨を中心に、腰全体に走る電流のような激痛・・・!
ロングホールの2打目を、4Wのクラブで打った瞬間の出来事で
す。フェアウエイの左端、斜面下の影響でやや前下がりのライの
ため膝を深く曲げ、腰を落した態勢からのショットでした。

 打った瞬間の激痛に『いけない!やってしまった・・』と云う思い
が頭の中を駆け巡り、慌てて腰を押さえながら、そっと曲げ伸ば
しをしたり指で揉んだりして、ボールの落下地点まで歩きました。
そっと素振りをすると、痛みは有りますが何とか振れそうです。

 グリーンまでは百ヤードちょっとなので、番手を上げ腰を回さな
いよう腕だけでスイングすると、ピンの右奥に乗せる事が出来ま
した。『ナイスオン。バーディパットかい?』と、次のティーグラウン
ドから見下ろしていたH君から声が掛かりました。

 声に応えて右手を上げると、痛みが右腰に走ります。グリーン
に上がると10メートル近いパットが残っており、これを何とか15
センチほどに寄せ、同伴者からOKを貰いパーで上がれました。
本当はここでリタイアすれば良かったのですが・・。

 若い頃から腰が弱点でした・・。
大昔、高校山岳部時代のトレーニングがその原因で、耐久訓練
が中心だった当時はキスリングと云う大きなザックに4,50キロ
の石を詰め、校舎の階段を昇降するのが主な訓練でした。

 成長期の身体には過度な負担だったようで、20代半ばから腰
痛に悩まされ、病院では「軽度の脊椎すべり症」と診断されまし
た。対処は腹筋と背筋の強化と言われ、温水プールに通い、水
中歩行と筋力トレーニングで何とか腰痛が改善されました。

 それでも40代後半ごろまでは時々『発作』が起こりました。
何事も「痛み」は本人しか分からない厄介なものですが、腰痛の
痛みは、直接神経を刺激したり、そうならないよう筋肉が収縮し
予防する時に起こる痛みで、半端なものでは有りません。

 特に姿勢が変わる時に痛みが走るので、通勤に自動車を使っ
ていた時期は、車の乗り降りに死ぬような思いをしました。
中年過ぎになると体型も変化した事も有ってか、殆ど「発作」が
起こる事も無く、その内腰痛はすっかり頭から消えていました。

 前のホールのパーで気を良くしたのが、もう少しやってみよう
・・と云う気持ちに変わり、次のホールでは「腰を回さない」と決
め腕を振るだけのティーショットをしました。所がこれがとてつも
ない飛びのナイスショットを生み出したのです・・!

 次のホールでは嘗て一度も体験した事の無い場所まで飛ん
でいました。腕だけと云っても実際には腰も動いている筈です
が、2打目以降はクラブの番手を上げ、手打ちで対処・・等と、
結局最終ホールまで回ってしまいました。

 後ろの組で私のスイングを見ていたT君は、終わってから頻り
にどう云うスイングなのかを尋ねて来るので『腕だけでドライバ
ーを振るとインパクトの精度が上がり、手も伸びるので飛距離も
伸びる。怪我の功名だね・・』等と得意になって答えました。

 家に帰り夕食が終わる頃から様子が変わりました。椅子に座
った状態でも腰が痛み、次第に強さを増して行きます。最後は
立っていても横になっても痛くて堪らず、必死の思いでベッドに
上がりましたが、寝返りも打てず正に死ぬ苦しみです・・。

 翌日妻に連れて行って貰ったA診療所で、レントゲン写真を見
せられ愕然としました。第五と六の腰椎の間の椎間板が殆ど無
くなっています。先生からは『老化ですね・・』のお言葉・・。当分
安静・養生の日々が続きそうです・・・。       konakry




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               < 花の競演 >

浅間隠山・・・


 今シーズンの幕開けは浅間隠山です・・。
これまではいずれも晩秋の登山で、この時期は初めてです。県道
54号線は川浦地区を過ぎる辺りから、周囲の山肌の新緑が目立
ち始め、所々に見えるヤシオの花の赤色が良く引き立ちます。

 登山口手前のカーブを曲がった途端に反対車線の路肩を埋め
る車の列が目に飛び込んで来ました。次のカーブを曲がった所で
嫌な予感は的中!駐車場は車で満杯です。連休と好天とが相俟
ってか、他県ナンバーの車も多く、予想外の賑わいです。

 二度上峠に向かって数百メートル上った駐車場に停める事が出
来ましたが、登山口までは10分ほど歩かなければなりません。
それにしてもこれ程の入山者がいるとは全く想像していませんで
した。小さな子供を連れた家族も何組か見かけました。

 我がパーティも今回は中学生になった孫が加わり賑やかです。
登山口のゲートを潜ると直ぐにお馴染みの景色が現われました。
妻に言わせると『今までの山で一番良い感じ・・』と云うアプローチ
が始まります。九十九折りの道が尾根に向かって延びています。

 30分足らずで最初の尾根に在る案内標識の所へ着きました。
標識の根元には手書きの板が添えられ、「この登山道は良く整備
されているので、安心して大いに歩いて下さい」と書かれているの
を見た孫が、何か感心したように声を上げました。

 何に感心したのか訊いてみると、普通は「注意喚起」や「自己責
任云々」と云った規制ばかりの看板が多い中で、「大いに歩いて
・・」のような推奨する看板は珍しいと言うのです。確かに言われ
見るとその通りで、今までこの文言には気が付きませんでした。

 折角の機会なので孫にリーダーをさせる事にしました。リーダー
の役割や心得をレクチャーし、好きなルート取りで先導する事を
任せて見ました。浅間隠山は基本的には九十九折りの道ですが
、所々に「強者コース」と呼ばれる直登の道が出て来ます。

 分岐点に来ると流石に若者で、迷わず直登ルートを選びます。
付いて行くのに息が上がりそうになりましたが、お陰でかなりの
ショートカットとなり、途中で我々を抜いて行ったパーティが、いつ
の間にか我々が自分達の前に居る事に驚いていました。

 頂上尾根の手前で休憩時に南方面の景色を見ると、一番手前
が鼻曲山のラインで、その奥に西上州から秩父連山がやや霞み
ながら見えています。その中に白い雲の塊りが見えましたが、雲
にしては不自然で、もしやと思い双眼鏡で確認すると・・。

 富士山です!まだ雪の残る特徴的な山頂部が秩父連山のピー
クの間に白く光っています。どこの山でもそうですが、富士山が見
えると何か得をした様な嬉しい気持ちになります。『見えるよ・・』
と言いながら、妻と孫に喜びのお裾分けで双眼鏡を渡しました。

 別名「矢筈山」の通り、頂上手前にはもう一つのピークが在り、
それを越えると開けた尾根道が頂上へと続きます。右手には中
之条の街並みが小さく光り、榛名山と変形した赤城山を前衛に、
日光から尾瀬・武尊・谷川・草津連山のパノラマが広がります。

 頂上からの眺望は二千メートルに届かないながらも独立峰の
素晴らしさで、360度の大展望が満喫出来て、登頂の労苦が十
分に報われます。来月、Y会の皆さんを案内する予定の八間山
の山頂部は、まだかなりの雪が残っていました。

 頂上でタップリ休憩し、下山を始めましたが、孫の先導は帰路
も「強者コース」で、まっしぐらに下って行きます。任せた手前、
コース取りには注文を付けられず、『滑らぬように・・』としか言え
ませんでしたが、お陰で下りは1時間20分の新記録でした・・・。
                               konakry



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             < 残雪の浅間山 >

不思議なパーティ・・・


 二年振りの訪問です・・。
坂の途中に在る看板の無い不思議な店・・カラオケスナック『A』。
今回もカラオケ代わりの歌の伴奏で出演です。すっかり葉桜にな
った並木の先に在る店の前にAさんとNさんの姿が見えました。

 休日の午前10時。バンドのメンバーはまだ揃っていませんが、
到着順に機材の搬入を始めました。今回はドラムセットは店のも
のを使わせて貰えるので、スネアドラムとスティックを持って行け
ば良く、初めて楽が出来ました。余裕で皆さんを手伝います。

 11時から始まる店の「7周年記念」パーティに参加するお客の
歌の伴奏が今回の仕事です。午前中に12曲、午後に11曲を演
奏してお役御免になる筈でしたが、店のマスターからプログラム
の変更を申し入れられ、様子が変わって来ました・・。

 変更の内容は、先にカラオケをやり次にバンド演奏、休憩を挟
んで再び同じパターンを繰り返すと云うものです。
10時半を過ぎると参加者が集まり始めました。皆さん派手目な
衣装でキメていますが、若い人の姿は見当たりません。

 入口の感じからは意外なほど広々した店内は、間接照明とミラ
ーボールでいきなり夜の雰囲気です。正面左手にステージが有
り、右手が厨房カウンター。広いフロアの左右にボックス席が配
置され、総勢30名近い来場者で埋まっています。

 11時を少し回ってマスターの挨拶で開幕です。説明によると、
最初のカラオケタイムは左右の席から交互に10名が歌うと云う
事で、早速曲の入力をするタブレットが両側に回されます。皆さ
ん手慣れているようで、次々に入力しています。

 我々バンドのメンバーは一番隅のボックスで待機する事になり
ました。テーブルの上にはお茶のペットボトルと弁当が置かれて
おり、更にマスターの奥さんがやって来て『カウンターの前にサラ
ダが用意してありますから、どうぞ・・』と勧めてくれました。

 室内にいくつも配置されたモニターが一斉に海の景色を映し出
して曲のイントロが流れ始めます。画面に現れた曲のタイトルは
全く知らない曲名で、トップバッターの男性が唄い始めました。
聞いた事も無い曲ですが、歌い方はかなり上手です。

 続いて反対側のボックスから女性が登場し、これもまた知らな
い曲を上手に歌っています。画面には女性の歌い手が登場し、
曲の歌手本人が画面に登場する「本人映像」と云うジャンルの
ようです。綺麗な女性ですが全く見た事の無い人です。

 結局20数曲のカラオケを聞きましたが、全てが知らない曲で
、一曲だけテレビで良く見る女性歌手Tの映ったものが有りまし
たが、曲自体は聞いた事の無いものでした。あまりにもマニアッ
クな選曲に、バンドのメンバー共々、妙に感心してしまいました。

 オリジナルの曲を聞いた事が無いので、カラオケを歌っている
人の声が、画面に映っている歌手の声のような錯覚を起こして
しまいます。それにしても皆さん相当歌い込んでいるようで、「錯
覚」に違和感が無く、知らない歌手の集まりのようでした。

 誰も知らないような曲を歌い込み、自分の歌にする事はカラオ
ケの世界では賢明なやり方ですが、もしかしたらこの人たちは、
実はそれぞれ歌手なのではないか・・と思える程の上手さです。
現に私の周りにもTさんやKさん、Iさんと何人も歌手がいます・・。

 我々の演奏をバックに、誰もが知っているポピュラーな曲を歌
い始めると「普通の人」である事が分かり、何となく安心しました。
予定の曲数を演奏し撤収しましたが、訊けば夕方遅くまでカラ
オケは続くとの事。何とも不思議なパーティでした・・・。
                                konakry



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             < 春の嵐襲来 >

鼻高の丘・・・

 
 カーブを曲がると、いきなり目の前が開けました・・。
北へ向かって緩やかに下る道の両側は菜の花畑で、目の前の乗
附丘陵の後には、普段よりも大分大きく見える榛名連山と吾妻の
山々、そしてまだ雪の残る草津の峰々が階層になって見えます。

 左手の駐車場に入るとかなりの車の数で殆ど満車状態でしたが
幸いな事に一番奥が空いていました。車を降りると菜の花畑が直
ぐ目の前で、何処までも続く黄色の絨毯の先に、先ほどのスカイ
ラインが見える様子は、情報誌の写真そのものです。

 以前に近くまで来たついでに寄った時は、全く季節外れの時期
で、花も何も無い単なる草原でした。たまたま近くに在ったメダカ
屋を見て帰りましたが、今回はネットのイベント情報に「菜の花祭
」が開催中と有ったので、オンタイムでの訪問となりました。

 それにしても見事な景色です。群生しているため、菜の花の黄
色が茎や葉の緑の背景によって余計鮮やかに引き立ち、更に陽
の光を浴びた部分は白く光って見えます。背景の山の青さも一役
買っていますが、いずれにせよ明るい日差しの似合う花です。

 道路の反対側は広場になっています。丸太に木の皮が張り付
けられた洒落た看板には『鼻高展望花の丘』と書かれ、看板を
中心に円形に芝桜が植えられていて、菜の花とのコントラストを
際立たせていました。散策する人もかなり多く、賑やかです。

 そこへパンフレットを抱えた人が近寄って来て、何種類かのパ
ンフレットをセットすると我々に、『下でイベントをやっていますか
ら、是非寄って行って下さい・・』と差し出しました。指差す方角に
は菜の花畑の遥か先に、テントや幟旗が見えています。

 イベント会場までの道程が凝っていました。東に向かって緩や
かに下る道の左半分は菜の花畑ですが、迷路になっているよう
です。迷路と云っても草丈からすれば、せいぜい腰の高さ位で
すが、中に隠された5文字のキーワードを捜す趣向のようです。

 通路が見えるので迷わずに歩いて出口が近くなりましたが、何
処にもキーワードは有りませんでした。その時妻が『行き止まり
の場所に有るのでは・・』と言い出し、戻って見ると正解です。「サ
」「ザ」「ン」が見つかりましたが、面倒になり止めました。

 倉庫を改造した展示場兼休憩所の他に売店や地産品直売所
が並び、小さな子供連れが目立ちます。最初の「ウサギふれあ
いコーナー」はちょうど子供たちが引き上げてしまい、我々だけ
でした。兎を触っても仕方がないので立ち去ろうとすると・・。

 『この兎は何と云う種類ですか・・?』と妻がお愛想に質問しま
した。すると係の人は困った顔になり、しばらくして『雑種です・・』
の答えが返って来ました。マズイ質問だった・・と慌てて隣の建屋
に駆け込みました。壁の展示物に目をやり室内を見回すと・・。

 「説明員」の名札を付けた人と目が合ってしまい、予感した通り
近寄って来て説明をしてくれました。こちらも先程の「ウサギ」で
懲りて、まともな質問をしたりするのでタップリ30分近く説明を聞
く事になりましたが、お陰でいろいろな事が分かりました。

 蚕業の衰退により15,6年前に耕作放棄地だった桑畑を、地
元の人たちが『きれいにする会』を結成し、様々な花を植え観光
振興にまで発展させたとの事でした。『良い聞き手』の我々のお
陰で、充分喋り終えて満足そうな説明員の顔が印象的」でした。

 菜種油で揚げたコロッケを賞味し、驚くほど安いタケノコや高菜
等の地産品を買い込み駐車場に向かうと、先程は気が付かなか
った斜面の左半分に、菜の花・ネモフィラ・芝桜が植え分けられ、
黄・薄紫・赤の色彩の帯となって夕陽に輝いていました・・・。
                                 konakry



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             < 鼻高の丘から >




宮子会議(これからはお店で)・・・


 久しぶりの「宮子会議」です・・。
N君からの日程の問い合わせのメールに可と答えると、電話が掛
かって来ました。会場の場所の説明をメールでは難しいから・・と
云う事だそうです。珍しく分かり易い説明でした。

 会場の『O』は、ネットで調べるとN邸から5,6百メートルほどの
同じ町内で、会議の名称は変えずに済みそうです。個室が中心の
居酒屋で、メニューもちょっと変わっていて期待出来そうです。
6時の約束でしたが10分前に着いたのでまだ誰も来ていません。

 入口の小さなドアを開けると、左手の厨房の方から声が掛かり
女性が案内してくれたのは廊下を通った一番奥の部屋でした。
全体が黒を基調として掘り炬燵が有るかなり広めの部屋で、照明
はペンダントが二つ。お洒落ですがやや暗めです。

 真っ先にN君が到着、店のオーナーの父親が中学校の同窓生
である事と、同窓会を2カ月に一度やっている事などを説明して
くれました。そこへH君とO君が到着。N君がT君となかなか連絡
が取れなかった事を説明している所へT君の登場です。

 取り敢えず乾杯と云う所で一騒動です。瓶ビールは置いていな
いそうなので生ビールを注文しましたが、別に温めたグラスを持っ
て来るようにN君が注文・・。温めたグラスの中に生ビールを注い
で飲むようで、N君の「常温ビール好き」は相変わらずです。

 前回が何時だったかという話題になり、米国の大統領選挙の投
票前の時期で、どちらが勝つかを不謹慎にも賭けをして、結果的
には私の一人勝ちだった事を思い出しました。それ以来なので5
か月もの時間が経っている事になります。

 酒を飲みながら次々と浮かぶ話題を取り留めも無く議論するに
は5名と云うのはちょうど良い人数です。テーマに全員が参加出
来、それぞれが言いたい事を均等に言え、仮に誰か二人の論戦
になっても、周りが冷静にフォローします。

 料理メニューが豊富で、看板の厚焼き玉子とエビチリはなかな
かの味でしたが、サービスで出してくれた「タラの芽の天麩羅」は
感動ものでした。お勧めの全国地酒は5銘柄が並んでいましたが
あまり馴染みの酒は無く、秋田の「S」を飲んだ事があるだけ・・。

 甘いの辛いの・・と言いながら、結局全銘柄を制覇しましたが、
正直言って最後は皆同じ味になってしまいます。それにしても近
頃の日本酒は総じて美味しくなり、杜氏や経営者の代替わりに
よる酒造りの変化が、新たな酒フアンを増やしているようです。

 次々に世間を騒がす事件が起こる昨今の情勢に、酒の肴にな
る話題は事欠きませんが、世の中ではやや忘れかけつつある国
有地払下げ問題でかなり盛り上がってしまいました。事件の主役
のK氏の、ユニークなキャラクターがそうさせたようです。

 次は隣県で起きた高校山岳部の雪崩遭難事件で、今でも登山
を行っている我々としては非常に関心の有る所です。高校山岳
部時代に2回命拾いをした経験の有る身としては、身につまされ
る話題ですが、何故か管理責任問題にはやや違和感です・・。

 今回最も盛り上がったのは、「技術・技能者=職人技」対「管理
者=マネジメント」と云う話題で、最高のヒートアップを見ました。
今でも現役の技術者として活躍しているO君は技術力(職人技)
の重要性を力説し、公職を委託されているN君に迫ります。

 偶然にも席を挟んで理工系と文科系に別れての座り方だった
ため、余計に増幅され大論戦ですが、『エンタケ(宴たけなわ)!
』のT君の声に時計を見ると、既に午後10時を回っていました。
どうやら続きは次回に持ち越しのようです・・・。   konakry




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             < 山間の春 >

大根そば・・・


 時刻は昼を廻ったばかり・・。
村の中央部に在る「桃の木茶屋」は閉店しており、Y町に下り食事
をする事になりました。現在いるT地方と云えば直ぐに浮かぶのは
「蕎麦」で、美味い蕎麦を昼食に・・と決まりました。

 カーナビの検索では現在地から5,6キロ位の範囲まで広げると
次々と蕎麦店が出て来ますが、ピンと来るものが無く、店を設定し
ないままY町に向かって車を出発させました。帰りの道と云うのは
意外と早いもので、あっという間に国道のT字路です。

 左に曲がればY町方面、右に曲がれば高速のインターです。
その時突然頭の中で引っ掛かっていたものが解放され、「インター
手前の菓子屋の隣に蕎麦屋が有った・・」と云う事を思い出したの
です。店名は思い出せませんが、様子が浮かびます。

 話すと妻も賛成してくれ、行く事にしました。5分ほどで左手にピ
ンクの壁の建物が見えて来ました。花弁の模様の下に「F」の店名
が浮かびます。駐車場に入って行くと直ぐ左手に蕎麦店が有り、
屋根には『名物大根そば 本格自家製十割そば処』の文字が・・。

 屋根が四角く、蕎麦店と云うよりはチエーンのうどん店の感じが
する建物で、大きな文字で「H蕎麦」と書かれています。
隣の「F」はバームクーヘンを中心とした菓子店で、欧風の建屋と
バラ庭園で有名な店で、何度か立ち寄った事があります。

 これまでも「F」に寄る度に『隣に十割蕎麦の店が有るな・・』と思
っていましたが一度も寄った事はありません。ようやく食べる機会
が来た訳で、しかもこれまでは『目に入ってしまって』見落としてい
た「大根そば」の文字に改めて気が付きました。

 「大根そば」には懐かしい思い出が有ります。15,6年前に仕事
でK市に居た時に、「R庵」で初めて食べた時の食感に感動し、以
後病み付きとなってしまいました。見た目には混じっているのが分
からない程、蕎麦と同化した大根の食感が鮮烈でした。

 「大根そば」に期待しながら中に入ります。店内の作りは流行の
讃岐うどんの店と全く同じで、さながら『M製麺』の蕎麦版と云った
感じです。かなりの混みようで、カウンターまで行列が続きます。
並びながら左手の調理場の方を見ると、中の様子が丸見えです。

 直ぐ近くにガトリング砲を下向きにしたような機械があり、レバー
を押すとノズルから十数本の蕎麦が出て来ます。30センチ程出
た所で切ると、それを隣の茹で釜に入れ、引き上げて隣の流しで
水に晒すと蕎麦が出来上がる・・と云う「半オートメーション」です。

 カウンターに到着し、注文を伝えると直ぐに出て来るのはこの仕
組みのお陰で、天麩羅やいなり寿司等のサイドメニューを皿に取
り、精算をしてから並んでいる薬味やそばダレを調達し、小上がり
やカウンター席の空席を捜して座ると云ったシステムです。
 
 そば職人のK君に「ガトリング砲」を見せたらどんな顔をするの
か気になる所ですが、空席を見付け早速大根そばを戴きます。
先ず蕎麦だけを食べて見ると、舞台裏を見てしまったにも拘らず
まずまずの味で、給茶機から出たようなタレも甘めながら可・・。

 問題は大根で、薄めにスライスした大根を一つまみ蕎麦の上に
載せただけの形態で、一緒に食べて見るものの、あまりしっくりし
ません。「R庵」のものは蕎麦と同じようなカットの大根を実に上手
く混ぜ、そばと大根が一体となった絶妙な味でした。

 「大根そば」の名前に釣られ注文してしまいましたが、リーズナ
ブルさを考えれば、蕎麦自体はまずまずで、次の機会が有れば
「もり」にしようと思いました。お陰ですっかり忘れていた「R庵」の
事を思い出しましたが、十年以上経った今、どうなったのか・・・。
konakry



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             < 大根蕎麦 >

花桃の郷・・・


 今回は花桃です・・。
前回は天気の都合で選に漏れた「花桃」ですが、どうしても見て
おきたくて出掛けました。幸い天気予報では「晴れ時々曇り」の好
天で、気温も20度を大きく上回る暖かな日になるとの事です。

 上りの関越道は久しぶりですが、休日のせいか上下線ともかな
りの交通量です。家から30分足らずで高速を降りると、国道140
号線に出ますが、何故かこちらも混雑しています。陽気の良さが
人々を行動的にさせるのか・・皆何処へ行くのでしょうか・・?

 玉淀大橋の北詰めを左折し荒川を渡ります。新しい橋が出来た
ため、一旦橋を渡ってから180度転回をしなければならず、逆方
向に進む感じです。間もなく信号の先に緑地帯が現われました。
鉢形城の城跡を公園にした『鉢形城址公園』です。

 近隣のF市に仕事で20年近くも居ましたが、直ぐ隣のゴルフ場
には何度も来たのに、城址公園には一度も寄った事がありませ
んでした。折角の機会なので立ち寄る事にしました。道路の横か
ら坂道が続き、登り切ると「伝御殿曲輪」の標識が現われました。

 杉木立に囲まれた台地の裏は荒川を望む断崖で、川の先には
秩父の山々に囲まれたY町の街並みが見えています。戦国時代
の名城は、天険の要害であった事が分かる佇まいを見て、立ち
寄って良かった・・と実感しました。初めての妻も喜んでいました。

 県道294号線は実にバラエティーに富んだ道で、平凡な郊外の
2車線の道が、人家の途切れと共に白線のセンターラインに変わ
り、やがて白線が消えると突然すり替えも厳しそうな細い道に・・。
そのまま山道になるのか・・と思ったら再び黄色の線が・・。

 道路の右側に『花桃の郷』の大きな看板が見え、右折した道は
山裾を回り込みながら峠へと向かいます。上りきった峠からは、
山の斜面に点在する民家とそれを取り囲むように咲く花桃・・九十
九折りの道がその間を縫うように伸びている風景が広がります。

 淡いピンクの花桃に交じり満開の桜は白く輝いている感じで、薄
曇りの空が景色全体を霞ませ、品の良い大人しい色合いに変え
ています。駐車場には車も疎らで、殆ど人影が見えません。良く見
ると花桃の木には緑が多く、最盛を過ぎてしまったようでした。

 駐車場の裏手には数十メートルほどのピークが在り、「東屋」「展
望台」の案内板が見えます。まず、右手の東屋に上って見ました。
『宝くじの収益金で建てられた・・』との表示が有り、眼下の谷を挟
んで対岸の山までの、村の西半分の景色が広がります。

 続いて左手の展望台へは百段を越える階段を上ります。上りき
ると『大内山 324メートル』の標柱が有り、これも裏面には「宝く
じ・・」の表示が見えました。展望台からは背後の樹木を除き、ほ
ぼ全方位のパノラマです。遠くK市の街並みが霞んで見えました。

 大内沢地区の歴史によると、およそ40年近い昔、地区の花卉
研究会が中心となり、農家の経営安定と高齢者や女性が比較的
容易に栽培出来る点から、地区の南斜面を利用し花桃の生産を
試みたのが最初で、それが徐々に広がって行ったとの事です。

 近年は「宝くじの収益による助成金制度」を利用し、駐車場やト
イレの整備、東屋や展望台の設置等々、観光事業化に力を入れ
て村の活性化に努力しているようですが、最盛期をやや過ぎたと
はいえ、人の出具合を見るとなかなか難しいようです・・。

 花桃のピンクは減った代わりに桜と菜の花の色数が増し、斜面
全体が淡い色調に染まった心安らぐ景色には、何時までも展望
台に居たいと云う気持ちにさせられます。 秩父郡東秩父村大内
沢・・来年の花桃に期待するリピーターが一組増えました・・・。
                                  konakry



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              < 花桃の郷 >

黄色の海・・・


 ラッパ水仙と花桃・・訪ねたい場所が二ヶ所有りました。
情報誌には各地の見頃を迎えた花木やイベントが満載ですが、
その中で興味を持った催しが「水仙まつり」と「花桃祭」で、共に
高速を使えば家から1時間半ほどの場所に在ります。

 今日の天気予報は「曇り時々雨」ですが、南岸低気圧の影響
で北の方が雨の確率が低い事から、家から北西方向・南東方向
と共に40キロ程の位置に在る二ヶ所の内、北西方向の「ラッパ
水仙」に軍配が上がりました。

 出発時に降っていた霧雨も、高速を北上する頃には止み、空も
明るくなって来ました。S市の合同庁舎の桜が満開なのを見なが
ら、以前ここを通った時の話題を思い出し笑ってしまいました。
「合同」の名前の通り、小さな建物が幾つも集まっています。

 県内各市の合同庁舎は一つのビルの中にいろいろな行政機関
が有るスタイルですが、S市は各機関毎に小さな建屋が在り、そ
れらが集まっているので、正に『合同』だ・・と笑ってしまいましたが
、こちらもそれがいつの事だったかを思い出せないのです・・。

 国道353号線を竜ヶ鼻橋の信号で左折し吾妻川の対岸に渡り
ます。県道に出ると「水仙まつり」の立て看板が現われました。
看板に誘導されるままに進むと、道は右手の岩井の部落の方へ
と入って行きます。吾妻川の右岸に向かっているようです。

 集落が終わり坂道を下って行くと目の前が開け、まだ蕾だけの
桜が連なる川沿いの土手の手前に黄色の帯が広がっています。
舗装はされているものの、車のすり替えが厳しそうな農道を進む
と会場入口の案内板が現われ、駐車場が見えて来ました。

 まつりのイベントは明日のためか、停まっている車は20台ほど
で、人もそれ程多くはありません。車を降り、テントが立ち並ぶ広
場に向かいました。川沿いの道の彼方に先ほど渡った竜ヶ鼻橋
が見えるので、『この道から橋へ行けますか・・?』と尋ねました。

 声を掛けた誘導員の人は親切で、橋には出られないが南側の
坂を上ると県道に出られる事や、明日は一方通行に変わる事等
を教えてくれました。広場のテントは焼きまんじゅうや焼き鳥、オ
ニギリ等の食べ物を売っており、良い匂いをさせています。

 近づくと各店から一斉に声が掛かります。妻はラッパ水仙の球
根が欲しいらしく、帰りに買う約束をしていました。
「親水公園」の名前の通り、公園内に水路を配置し通路と水仙の
レイアウトも良く、いくつものビューポイントが有ります。

 空は曇り空ですが、水仙の黄色は思いの外鮮やかで、空の暗
さが反って色合いを引き立てています。情報誌の写真では背景
が満開の桜でしたが、今回はまだ蕾で灰色の枝振りのまま・・。
結果的には水仙が鮮やかに引き立つ絶景となりました。

 水仙が群生しているのは初めて見る景色で、今にも降り出しそ
うな暗い空の下に霞む吾妻の山並みと、未だに枝ばかりの桜並
木がモノトーンの背景となり、所々の白い水仙は波頭を思わせ、
まるで『黄色の海』が目の前に広がっているような感じです。

 様々な情報が氾濫する中で、行って見るとガッカリする事もあり
ますが、今回は予想を上回るパフォーマンスに大いに満足しまし
た。川沿いの空き地にもテントが有り、甘酒の看板に魅かれ行っ
て見ました。「K地区老人会」の看板が立っています。

 美味しい甘酒でしたが何と無料・・!嬉しくなり袋詰めの里芋を
購入し車に向かうと、後ろから声がして、走って来た老婆がお釣
りを間違えた・・と50円玉を差し出しました。更に好感度が増し、
良い気分で教えられた坂道に向かって車を走らせました・・・。
                                  konakry



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          < 黄色の海 岩井親水公園 >





極楽ゴルフ・・・


 冬枯れの木立が道の両側に続きます・・。
時折梢の間から雪を被った姿を見せているのは地蔵岳で、普段
とは違った角度から見える山腹には、まだかなりの雪が残ってい
ます。標高6百メートルのこの辺りには、春はまだ先のようです。

 カーブを曲がった先にゲートが見え、坂道を上って行くと瀟洒な
クラブハウスが出迎えてくれます。県東部の名門、Kカントリーク
ラブは開設から40数年の、県下でも歴史を誇るゴルフ場の一つ
で、地味ながらも風格を湛えた建物がそれを物語っています。

 駐車場に停まっている車は少なく、標高が高いため寒い時期に
は敬遠されてしまうゴルフ場の一つです。14,5年程前、麓のK
市に勤務していた時には頻繁に使っていましたが、最近はご無
沙汰で、今回は4年振りの訪問です。

 いろいろな人たちとゴルフをしていますが、高校で部活が一緒
だったS君と中学の同窓生O君、S会で知り合ったY君の四人で
数年前からゴルフをしています。毎回ゴルフ場を変え、普段行か
ないような場所を・・と云う事で私が場所探しを行います。

 ゴルフ場が少ない事もあり、県東部には殆ど行きませんが、た
またまKカントリークラブから案内メールが来ていたのを思い出し
、未だ現役のY君の都合を優先し日程を決めました。3日目を迎
えた高気圧が全国を覆い、天気は絶好のゴルフ日和です。

 スタート時間には40分以上も有りましたが、来場者が少ないた
めかフロントでは『宜しければ直ぐにスタート出来ますが・・』と言
われました。身支度を終え、外に出ると三人が練習場の方から
歩いて来るのが見えました。どうやらヤル気十分なようです・・。

 S君・O君とは先週会ったばかりですが、Y君は半年ぶりです。
脊柱管狭窄で暫らくゴルフを自粛していたとの事。IT企業の経営
者で、デスクワークばかりが原因と運動不足を認めていましたが
医師から「老化」が主要因と言われた事がショックのようでした。

 アウトコースからのスタートは、オナーはY君で、素晴らしいイン
パクトでしたがボールは左サイドの林の中へ・・。二番手の私は
まずまずの当りでフェアウエイセンター。O君も良い当りながら右
サイドの林、S君も左の林と、皆さん乱調のスタートです。

 「七色のスイング」と自認するO君は、朝の練習場でドライバー
が全く当たらなかった・・と、スプーンでティーショットを行いました
が、これが大正解!ボールとのミート率が上がり、快音を残すイン
パクトは、ドライバー以上の飛距離を出しました。

 久々に見るY君の「左一軸打法」は増々磨きが掛かったようです
が、何故か左方向への打球が多く、林の洗礼を多々受けていまし
た。しかしながら不思議な事に林の中では木に当たらず直進する
事が多く、予想外の飛距離を稼いでいました。

 詰めのパットが尽く外れ、カップを覗いたまま止まったりカップ横
にずれたり・・とパッとに泣かされたS君。O君に言わせれば『毎ホ
ール確実に一打損をしている・・』との事。確かにスコアだけを見る
と嘗ての20打近く悪い状況です。S君不調の原因はパットか・・?

 ボールの位置と左膝の動きをちょっと工夫したら素晴らしいドラ
イバーショットに変わり気分を良くしている私にはパットの試練が
訪れました。何故か2メートルほどのショートパットで手が動きませ
ん。「イップス」でもあるまいに・・と思いながらも治りません。

 各自がそれぞれに問題を抱え悩みながらも、対人的なストレス
の全く無いプレーに専念できる素晴らしいメンバーで、理想的な
ゴルフです。赤城山南麓・標高6百メートルの丘陵に展開される
林間コースの明るい日差しの中、『極楽ゴルフ』は続きます・・・。
                                konakry



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          < 桐生CCより地蔵岳を望む >

 

 

 

 

梅祭り・・・


 地元紙J新聞の中央に満開の梅の花が踊っています。
榛名山麓に展開する広大な梅林の中に在る「箕郷梅公園」の写
真です。何と偶然にもこれから演奏に出掛ける会場のようです。
リードギターのH君が持って来た仕事で、「梅祭り」に出演です。

 所が渡された地図は梅祭りの実行委員会が作った「絵地図」
で駐車場ばかりを強調したデフォルメ化されたもので、会場の
場所がサッパリ分かりません。近くの『大山祇神社』が目印です
が、グーグルマップを見ると『大山祇神社』は二ヶ所も有ります。

 双方の距離は1キロ半ほど離れており、神社を取り囲む道路の
交差状況から西の方と見当を付け、カーナビをセットし出発しまし
た。朝方の冷たい風が気掛かりでしたが、出発した午前10時過
ぎには風も止み、暖かな日差しに変わっていました。

 榛名山の南麗、標高140mから390mの関東平野を一望する丘
陵に広がる箕郷梅林は、北関東一の規模を誇りその広さは300
ha、10万本の梅の木が植えられています。樹齢は10年から30年
の生産に最適なものが多く、全国有数の梅の生産地です。

 新しく出来たバイパスが北西に回り込む頃、右手に鳴沢湖の青
い水面が見えて来ました。県道127号線から富岡地区への分岐
を右手に折れると、両側を梅畑に囲まれた細い道に変わり、石垣
の上にはピンク色の「梅祭り」と記された幟旗が立ち並びます。

 曲がりくねった細い道を上って行くと展望の開けた丘の上に出
ました。駐車場の看板が立てられたゲートを入り、係の人に尋ね
ますが要領を得ません。隣の駐車場に行くように言われ、そこの
係の人は訳が分からないながらも奥へ行くよう言ってくれました。

 屋台が立ち並び人が溢れた細い道を恐る恐る車を進めます。
車の侵入に非難の眼を向ける顔が続きますが、以前にも似たよ
うな体験をした知恵から、窓を全開にして走ります。車内のドラム
を見た人が『バンドの車か・・』と言う声が聞こえて来ました。

 道の奥に芝生広場が在り、その横に小さなステージが見え、そ
こが演奏の場所のようです。リーダーのKさんとキーボードのYさ
んの姿が見えました。やはり二人とも到着までに苦戦したとの事
でした。早速楽器の設営に掛かります。

 ステージの前には12本のベンチが並び、音出しをしていると、
徐々に人が座って行きます。中高年の女性が近づいて来て『どん
な曲をやるの・・?』と尋ねて来ました。『懐かしい奴を・・』と応える
と怪訝そうな顔なので、『ベンチャーズ』と言うと嬉しそうな顔に・・。

 ベンチが5,60名の観客で埋まりました。殆どが中高年若しくは
それ以上の人ばかり。取り敢えず「ダイヤモンドヘッド」から始めま
した。ノリの良いギャラリーで、曲に合わせて手拍子や身体を揺ら
してくれます。音に釣られて道路の方からも人が入って来ます。

 ステージ上から周囲を見回すと、白いベールのような梅の花が
一面に広がり、所々に淡いピンクの紅梅も混じり、何とも淑やか
な色合いの景色です。桜に比べ地味な梅には、エレキギターの
サウンドはどうなのか・・等と演奏しながら考えてしまいます・・。

 ベンチから少し離れた梅の木の下に、車椅子のおばあさんが
中年の女性に付き添われ演奏を聴いていましたが、良く見ると
曲に合わせて正確に手を振っています。終わった後にボーカル
のA夫人がお礼がてら話に言ったら、何と百歳との事・・!

 駐車場係も良く分からない程目立たないイベントでしたが、品の
良いお客さんばかりで、1時間近い演奏を席を立つ事も無く聴い
てくれました。お陰でバンドのメンバーも皆満足そうな表情です。
梅林の中を少し歩いてみたくなりました・・・。    konakry




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             < 箕郷の梅林 >


 

お彼岸(三つの初物)・・・


 今日は彼岸の中日、お墓参りの日です・・。
我が家と妻の実家の二ヶ所の菩提寺を廻り食事をして帰って来る
のがいつものパターンですが、今回は昨日開通したばかりの国道
を走り、その先に在る日帰り温泉に立ち寄る事にしました。

 天気予報通り、久々に15度を越える気温になり、一気に春の訪
れか・・と思わせる好天です。暫く吹いた北風も止み、薄いジャン
バーさえ煩わしい程の暖かさに自然と気持ちも和みます。走って
いる車の数も気のせいか、いつもの休日よりも多く感じます。

 我が家の菩提寺は曹洞宗の名刹R院で祖父母の代から檀方と
して世話になっています。ルーツが宮城県の我が家が、何故R院
なのかは事情を知る者が誰も居い現在では謎ですが、祖父が亡
くなった時に、祖母が奔走してR院に入れて貰ったようです。

 R院は亡くなった先代の住職が大変な努力をして墓所の整備か
ら本堂・鐘楼の改修、集会所を兼ねた庫裏の新築・・と、ここ二十
年ほどですっかり見違えるような綺麗な寺に変わりました。昨秋
以来の墓参ですが、通路も墓回りも綺麗に掃除されていました。

 墓参りが終わるとちょうど昼の時間になり、いつもなら蕎麦屋の
Yですが、今回は新しい所へ・・と云う事になり、妻の実家の墓が
在るM霊園までの途中の店に入る事にしました。記憶では国道
沿いに入った事の無い回転寿司の店が在った気がしました。

 行って見ると富山が本拠の「K」と云う店で、初めての訪問です。
店内のレイアウトは島が作られ、ベルトは各島だけを廻る仕組み
です。席に着くと直ぐ隣以外は見えないようになっており、注文用
のタブレットがテーブルの上に置かれているのが気に入りました。

 レーン上を廻っている寿司は殆ど無く、注文を入力すると新幹
線型のトレーが運んで来るので、子供には喜ばれそうな仕掛け
です。注文のし易さも手伝って、二人でかなりの量を食べてしま
い、満足して店を後にしました。

 M霊園への道はいつものルートとは違い、赤城山麓の起伏を
回り込む道で、見える景色が新鮮です。霊園もピークを過ぎた
ためか空いていました。まだ新しい墓は、自らが手配した義父が
入っています。こちらも昨秋以来の墓参です。

 灰色の木立に囲まれたM霊園はまだ冬のままですが、公園の
一角が紅梅で赤く染まり春の兆しを見せていました・・。
霊園前の道を南下すると、ほんの20時間ほど前に全通したば
かりの国道17号線バイパス「上武道路」に出ました。

 1970年(昭和45年)着工し、半世紀近く掛けて漸く全通した
道路は、完成間際まで一軒の家が最終連結部分に立ち塞がっ
ていたのが印象的でした。『あの家はどうなったろう・・』と妻と
話している内に、新規完成部分は通過してしまいました。

 墓参りの昼食を初めての店で食べ、開通したばかりの新しい
道路を走り、最後は初めての日帰り温泉に行くと云うのが今回
の企画ですが、日帰り温泉の「R」は良く行くYの近くに在りなが
ら行った事の無い「新規店」です。

 バイパス沿いに在る「R」は10年ほど前に出来た施設で、源
泉の炭酸水素塩泉は滑らかな肌触りから「美人の湯」とも呼ば
れているようです。サウナが温度別に三つも有るのが気に入り
ました。露天風呂に浸かっていると眠ってしまいそうです。

 お墓詣りに「初物」を加えるという試みは上手く行き、今までと
はちょっと違った彼岸を過ごす事が出来ました。車窓から見え
る赤城山は花粉か、はたまたPM2.5か、ぼんやりと霞んでい
ます。春は直ぐそこまで来ているようです・・・。    konakry




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            < 春の芽吹き 嶺公園 >